古代帝国主義

大和朝廷は古代帝国主義の国家でしょうか?

網野善彦の「歴史を考えるヒント」を読んでの疑問です。

網野さんの本には教えられることが非常に多くあります。これまでブログにアップしてきた「日本という国号」や「関東」という言葉についてなど知らないことがいっぱいありました。

しかし、網野さんがこの本の冒頭に書いています。
「日常、われわれが何気なく使っている言葉には、実は意外な意味が含まれていることがあります。あるいはまた、われわれの思い込みによって言葉の意味を誤って理解していることもしばしばあるのです」 (P9)

この後半部分が、大和朝廷を「古代帝国主義の国家」と位置付けた部分の批判として、はねかえってくるような気がするのです。
網野さんは「帝国主義」の定義や「古代帝国主義」とは何かといった説明をしていません。いきなり大和朝廷を古代帝国主義の国家だとしています。

ここに違和感を感じたのです。

僕のイメージでは、帝国主義国家とは産業革命以降の欧米列強です。
佐藤優は、帝国主義の定義をきちんとしてから、現在のロシア(プーチン王朝)を帝国主義国家と位置付けています。佐藤さんのようなやり方を網野さんはしていないのです。

それから、あくまで僕のイメージですが、古代帝国主義といえばローマです。
それ以外は思い浮かばないのですが、強いていれるとオリエントの版図の巨大な国家だったり、中国の王朝だったりします。
そうしたぼやっとしたイメージからいくと、大和朝廷は古代帝国主義の範疇に入りようがないのです。


次によくわからないところなんですが、網野さんは次のように述べています。
「いつの時代においても、帝国主義国家は『文明』を広げようという意識を持っています」(P27)

そうなのか?と思ってしまいました。

どうなんでしょう・・・・


それから
「当時の日本国の支配層は、自分たちが受け入れた新しい『文明』を、自分たちから見て『未開』の『異種族』たちにも広めようという意欲を強く持ったのです」(P26)

当時のというのは、689年の浄御原令で「日本」という国号を定めた頃をさします。
未開の異種族というのは、大和朝廷の版図に入っていなかった東北地方や九州南部の人たちをさします。

僕のごくわずかな古代日本の知識の中では、文明を広めようという意欲を持ったという部分はありません。
史料にそういった文言はあるのでしょうか?
史料になくても傍証としてあげられるものがあるのでしょうか?

どうも史料の根拠なく言っているような気がするのです。
他の箇所では、網野さんはたくさんの史料にあたり、そこから論を組み立てているという感じがするのに、ここではそれが感じられないのです。


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