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朝幕併存

関裕二さんのちょっとしたファンで、書店で新刊を見つけると必ずチェックします。

先日「源氏と平家の誕生」があったので、おや意外と思って手に取りました。関さんは古代史の本がほとんどですから。
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この本は平安中期から平安末期や鎌倉初期の源平の隆盛について書かれていません。
“はじめに”に、この時代の真の主役天皇家と藤原氏であるとして、「彼らが果てしない権力闘争を繰り返す中で、武士がその舞台に引っ張り出された。二つの権力の中だけではバランスが保てなくなって、第三の力を外部に求めた」とあります。こういった視点から武家の誕生を書いているのです。

この視点の置き方が斬新ですね。類書にない新鮮な見方を提示してくれるのではないかと期待して購入しました。

今は半分ほど読んだところです。
読んでいてあることを思いついたのですが、読み終えるまで待つことができなほどウズウズしているので、とりあえず書き留めることにします。


まずは基礎知識。
源氏も平氏も天皇の子孫です。
臣籍降下といって、天皇の子や孫が天皇家を出て家臣になります。そのときに「源」や「平」という姓が下賜されます。

「原則的に、源姓は一世王(子世代)に、平姓は二世王(孫世代)に下賜されていく」(P13)のです。
厳密なものではありませんが、「源姓のほうが、天皇に近いぶん、より格上と考えてよいだろう」ということです。

それから「同じ源氏、平氏と名乗っていても、祖が同一ということではない」(P14)
平氏は桓武平氏その他で四流あり、源氏は清和源氏、嵯峨源氏、村上源氏その他で十七流あるそうです。

ちなみに源頼朝は清和源氏です。


ここから思いついたこと。
統治者が変わると、前時代の統治者の血縁は殺されます。中国もヨーロッパもそうです。
しかし、日本では平安から鎌倉へ時代が変わり統治者が変わりました。しかし新統治者となった源頼朝は前統治者の天皇あるいは握っていた藤原氏を滅ぼしていません。

「朝幕併存」つまり朝廷と幕府を併存させて日本を統治しました。

朝廷は武力を持っていません。その気になれば頼朝は関東武士団を動かして、すぐにでも根絶やしすることができたはずです。

なぜそうしなかったのか?

これがずっと謎だったのです。

これに対するいくつかの説があります。これまで読んだことがありますが忘れました(苦笑)


関さんの「源氏と平家の誕生」を読んでいて、血に対する意識が強かったのではないかと思ったのです。

この本にはそんなこと全然書いていませんよ。僕の勝手な思い付きです。

頼朝は清和源氏の流れにある人間、つまり天皇の子孫です。本家中の本家である天皇家は大切に守らなければならないと思っていたんではないか・・・?

関東武士団の主力は桓武平氏の流れをくむものが多い。どこかで、我らは天皇の子孫という意識があったのでは・・・? だから天皇家を滅ぼしてはならないと思った・・・?

それが天皇を生かし、朝廷を残させ、朝幕併存という形をとらせた・・・?



さあ、この思いつきはどんなもんでしょう。
何の根拠もありませんけどね(笑)

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まとめtyaiました【朝幕併存】

関裕二さんのちょっとしたファンで、書店で新刊を見つけると必ずチェックします。先日「源氏と平家の誕生」があったので、おや意外と思って手に取りました。関さんは古代史の本がほとんどですから。この本は平安中期から平安末期や鎌倉初期の源平の隆盛について書かれてい...

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No title

こんばんは。

天皇家と源氏には、血のつながりがあることが根底にあったから・・・というのは、私も一理あると思います。

ちょっと、つぶやいてみます。
( たった今、思ったことです・・・ )

今の日本でも、江戸時代でも・・・、天皇家に対する特別な扱いはありますね。

平安時代までの天皇が統治してきた長い年月、
それは、日本人にとって、そう簡単に天皇家の存在を消すことはできないものだったのかもしれませんね。
それだけ、人々の心に浸透していたとも考えてます。

天皇家をなくしたら、鎌倉幕府はどう思われるのか・・・
と考えたら、残す選択をとったのかもしれないですし、
なによりも征夷大将軍という地位、
これは、天皇あっての地位ですから、
天皇家をつぶすなんで考えはそもそもおこらなかったのではないかな?とも思っています。

もちろん、監視として六波羅探題を設置したりと、いつやられるかという心配な存在であったことでしょう・・・

でも、その六波羅探題を設置するまで(承久の乱まで)、
警戒をしていなかったのかも?なんて考えると、
つぶさなければならないほどの強い力があると鎌倉幕府は思っていなかったのか?という気もします。

そもそも・・・

平安時代・・・それは、他の時代と比べてもかなり長い年月です。
天皇をお上として、あがめてきた時代が長かっただけに、
鎌倉幕府側もそんな天皇家をつぶすという考えはおこらなかったのではないかという気もしています。
戦後の日本人が天皇家の存在をなくせたか・・・
と考えてみると、同じような感覚ではなかったのではないかとも思います。

すいません、長々と・・・
単に、今思いつきで書いてみただけです。

私はよんちゃんさんのように、全然本を読まないので、推測だけで書いてみました。
知識はありません。

本当のところはどうなのでしょうね???

No title

りーさん、こんにちは。

コメントありがとうございます。なるほどと思いながら読ませていただきました。一方でいろいろと考えさせられました。

日本人にとって天皇とは何なのか?
僕にとって大切な問題であり、大きな謎であります。

理屈でいろいろと考える部分と、心情でいろいろと思う部分とあります。一生かかっても解決できるとは思っていません。少しでも考えを深めることができたらいいなと思います。


朝幕併存について、タイムスリップできるなら頼朝に「どうなんだ?」と聞いてみたいです。

先程の思いつき論文について

先程の「血族なので武力行使は行わなかった」意見ですが、それなら拡大解釈すれば全ての人間に当てはまり、大日本帝国思想になると思われます。やはり、幾つかのファクターの一つと理解するのが偏見がない解釈。・国内・国外に対しての朝廷の威光・ 第三者としての機能・シンボリングとしての機能。挙げればいとまがつきません。

No title

優さん、こんにちは。

8ヶ月前に書いた文なので記憶がぼやけていました。読み直してこれを書いています。

優さんのように深く考えて書いたわけではなかったので、コメントにある指摘に大いに考えさせられました。

発展させたり解題解釈するといろんなことが出てきますね。複雑になってくるので、頭がついていきません(苦笑)

しばらく考えさせてください。
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