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尊王攘夷

久しぶりに永井路子の「岩倉具視」から。

副題に“言葉の皮を剝きながら”とあります。
言葉は思いがけない虚偽の衣装を纏っていることが多い。この衣裳がみごとに実態を覆い隠すことさえある。たとえば明治を語る言葉にもそれがある、岩倉具視の人生を追いながら、言葉の皮を剝きながら歴史の実態をあからさまにしこう。
そういう本なんです。

今日は「尊王攘夷」について。

「攘夷」は明治維新が訪れる前に実態を失っていた、誰も本気で外国と戦おう思うものはいなかった、と永井さんは言います。
薩摩は薩英戦争(1863)で、長州は馬関戦争(1864)で列強の力をまざまざと見せつけられて、すっぱり攘夷をやめています。

また、幕末に現れた「尊攘派」は、「尊王攘夷」をスローガンとして掲げた「倒幕急進派」ではないか、とも言っています。


なんか今の「増税反対」と叫びながら政局に忙しい先生方と少しダブりますね。


話を戻して、
たとえば井伊直弼と水戸斉昭について、斉昭は攘夷ができるとは思っていなかったはず。いわば攘夷は空砲、幕府いじめのキャッチフレーズにすぎない。尊王も反幕の言い換えである、と。
注意しなければならないのは、あくまでも幕であって幕ではないことです。

一方の井伊直弼は開国派ということになっていますが、そこにやや疑問が残ります。
将軍継承問題に絡んで有能な外国奉行たち(一橋慶喜派)を罷免しています。対外交渉に必要な人材を全然違ったことでやめさせているのです。これは政策の実行を第一にしていない証拠になりますね。

永井さんは言います。「国の前途よりも、一橋派退治に力を入れているとしか思えない。政治の現場はしばしばこうした動きをするものである」(P63)

政治の現場はしばしばこうした動きをする。

これは今も昔も変わらないんでしょうね。

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