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大中小

昨日や今日のブログ記事で「小沢一郎」の使用頻度はかなりのものがあるでしょう(笑)

いつ頃からでしょう、「小沢一郎」は常に気になる事柄でした。人物にではありません、“小沢現象”という事柄にです。

マスコミが煽る小沢一郎の虚像があまにりも大きくなりすぎて、日本の政界がそれに右往左往させられているような気がします。

「親小沢」と「反小沢」で物事が動くときがあります。昨年の民主党代表選でも、野田さんか海江田さんかではなく、親小沢か反小沢という色彩で投票がなされたような印象を受けました。民主党代表すなわち総理大臣ですから、一国のトップを選ぶのに本人たちと違う尺度が大きく入り込みました。ハッキリいって異常です。

このとき僕は日本の政界は“”小沢になるべきだと思いました。
しかし、未だに“脱”になっていません。むしろこれから“親”と“反”でヒートアップしていくでしょう。



思いつきをいくらか書きます。

◎「小沢現象」は日本政治の何かを表しているような気がします。
日本の政治の体質だったり、病巣だったり・・・。

◎虚像が独り歩きするという点では、明治新政府における西郷隆盛にわずかばかりの類似点があるかもしれません。

◎歴史という舞台に登場してくる人物は、何らかの歴史的役割をもっている。
そう考えると戦後の政治史、もっと細かく言うと平成の政治における役割とは何か?
いい役割かそれとも逆か?

◎小沢一郎個人を好悪で見過ぎているきらいがあります。もっと客観的に見れないでしょうか。
(永田町の先生たちには無理かもしれませんが・・・)

◎小沢現象は、比肩する実力をもった政治家が他にいないから起きているのではないか。
ちょっと前なら野中さんがいましたが、今はみんな小粒な印象があります。

もし、三角大福中」つまり三木、田中角栄、大平、福田、中曽根の時代に小沢一郎が派閥を率いていたら、と仮定しましょう。

すると「三角大福中」となります。
そのうちの大平、中曽根、小沢を「大中小」としたとき、人間としての器量や、政治家としての器を比べたら、学者や政治評論家の誰かが「まさに大中小の順だな」というかもしれません。

三角大福中小の時代であれば、小沢現象は起きていない。

そんな想像をしてしまいます。


すみません、たわごとでした。


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