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純音楽的アプローチ

友人からマーラーの交響曲第9番その他を借りて聞きました。

演奏はエリアフ・インバル/フランクフルト放送響。

録音はマーラーブームの頃でしょうか?
僕はブームの初期(だったと思います)、マーラーアレルギーにかかったので詳しいことはわかりませんが、インバルによる録音は、まだマーラーのCDが少なかった頃、わりと評判になったという記憶があります。

そんなことを思いながら聞いていましたが、そこで浮かんできたのが、「純音楽的アプローチ」という言葉。
若かりし頃たまに読んでいた音楽雑誌で評論家が使っていた言葉です。その時は意味がわからず、ただ右から左へ流れていきました。

今はわかっているかというと、全然わかりません。インバルの演奏を聞いてパッと浮かんできただけです。

もし僕が「インバルはマーラーの交響曲を、純音楽的アプローチによって演奏している」と書いたとしましょう。いかにもカッコよく聞こえます。そして読んだ人は、ああそうかと納得するかもしれません。
ただ内実は違います。ただ感覚的にしっくりくるので書いただけで、意味のない表面的な文章です。


話変わって、
個人的なことを書きますが、僕は普通のクラシック愛好家です。アマチュア吹奏楽団で指揮者をしています。なりたくてなったわけではなく、ひょんな経緯があって始めました(これについては省略)
指揮をし始めたはいいけど、誰も教えてくれませんし、指導もしてくれません。さらには、今まできちんと音楽というものを習ったことがありません。小・中・高などの学校教育の音楽のみで、専門的な勉強は一切していません。独学でここまでやってきました。

当然のことながら「純音楽的アプローチ」というものがどんなものか知りません。
意味するところと、音楽を作っていくうえで、どういう過程を通ってどんな作業をするのかさっぱりわかりません。だからこれらのことを教えてほしい。そして、いい音楽作りのために役立てたい、と切望するのです。

聴く立場からいうと、こうした評論用語はそんなに必要としません。曲を解釈し、曲を組み立てていく立場ななると話は違ってきます。感覚・感性だけでは駄目なのです。何かが必要なのです。そのひとつが「純音楽的アプローチ」らしきもののような気がするのです。


ただ、このことが正しい方向性なのかどうかはわかりません。

いつものように、暗闇の中をさまよいつつあれこれ考えていくことになるでしょう。


なにやらまとまりのない文章になりましたね(苦笑)

正月ぼけかな~

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わかるわからない

私は、もっとひどくて、楽器の演奏も出来ないし、
譜面も読めません。
高校は機械科だったから、音楽の授業なかったし。
クラシックにハマったのが3年前で、それから
いろんなものを読みまくって「耳年増」にはなってますが(笑)
最近、佐村河内守という人が作曲した交響曲、これが
素晴らしいのですが・・・・・・
これに対して、音大の作曲科を出た人が、現代音楽の作曲しか
教わっていないので、こういうものは作曲できない、
と言ってることが、私にはピンときません。

No title

四季歩さん、こんにちは。

「劣等感」と言ったらいいんでしょうか?
きちっと音楽教育を受けていない劣等感。指導者や音楽的にレベルの高い先輩に教えてもらっていない劣等感。表現が適切でないかもしれませんが・・・
こうした引け目を感じながら指揮者をしています。


佐村河内守さんの交響曲第1番は昨年購入しましたが、まだきいていません。
居住まいを正して聞かなければならないと思っているので、そういう状態がなかなか整いません(苦笑)

そして彼の著作「交響曲第1番」は昨秋読みました。凄まじい人生ですね。ますますCDを開封できなくなりました。
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