旅順攻略戦

今夜のスペシャルドラマ「坂の上の雲」は“203高地”です。

ネットで旅順要塞攻略戦について調べていたら、当時の写真が見れるサイトを見つけました。
満州写真館 旅順」 

むかし「203高地」というようなタイトルの映画がありました。主題歌をさだまさしが歌っていました。その頃の僕は日露戦争に興味がなかったのですが、さださんの曲に魅かれて、映画を見ました。TVか映画館のどちらかは忘れました。

旅順攻略戦に俄然興味を持ち出したのは、坂の上の雲を読んでからです。司馬遼太郎恐るべしです。

旅順攻略戦での日本側の死傷者は6万人(うち死者1万4千人)という凄惨な戦いでした。

関川夏央の「『坂の上の雲』と日本人」によると、
「戊辰戦争では、一戦場あたりの戦死戦傷者が数名から数十名、西南戦争では数十名でした。日清戦争では百の単位を数えるようになりました」(P133)

なんと、一桁増えているじゃないですか。怖ろしいことです。

また銃弾や砲弾の使用量も、日露戦争の一戦闘で日清戦争全体の使用量に達しているのです。

日露戦争によって、日本は近代戦の洗礼を受けたという言い方がされますが、凄まじいばかりの物量と死傷者の多さです。

それらをふまえながら旅順攻略戦をみていきます。

乃木将軍が率いるのは第三軍と言われます。第一、ニ軍があっての次です。
この2つの軍は、ロシアのクロパトキンの根拠地遼陽を攻める主力部隊です。
第三軍はロシア軍に背後から衝かれないようにするために、旅順を大きく取り囲む包囲線を確保することが使命でした。

ここで海軍の話になるのですが、ロシアは旅順に極東艦隊があり、バルト海にバルチック艦隊がありました。日本海軍は、ロシアの2つの艦隊が合流あるいは挟撃されれば勝ち目はないとみていました。
それで、極東艦隊を旅順港に封じ込める作戦を取ります。しかし3回試みましたが、いずれも失敗。その作戦をあきらめて、陸軍に旅順要塞を占領して、そこから港内のロシア艦を砲撃し、殲滅してもらいたいという要請を出します。

そこで急遽作戦変更がなされ、地獄の旅順攻略戦が始まります。

第三軍の総攻撃は3回行われました。
攻撃目標は二龍山、東鶏冠山にあった旅順北東部のロシア要塞です。

実は、乃木将軍は日清戦争のとき、旅順を攻撃したった1日で落としています。しかし、今回は違いました。

ロシアが旅順を手に入れてから8年間かけて永久要塞に作り上げていたのです。
「セメント20万樽をつぎこんだべトンでかためる保塁・砲台59ヶ所に、大砲646門、機関銃62挺およびサーチライトを配置、また背面20㎞の本防衛線には延べ5万余mの鉄条網、100mに及ぶ散兵壕をめぐらせた」(「斜陽に立つ」P293)

そんな鉄壁ともいえる要塞を攻めなければなりません。
しかし、第三軍は砲弾の使用を制限されていました。
「36門の野砲を持つ連隊に、1日5発以上撃つな」(P396)と命令されていたのです。第一、二軍に多く使わなければならないので制限されたのです。

しかも、バルチック艦隊の到着を恐れる海軍から、早く陥落させるように要請されています。

そうなると、無理にでも攻めなければならない。そういうところに追い込まれたのです。

それをわかったうえで、旅順攻略線を見なければならないと思います。


おっと、7時を過ぎました。そろそろ書き終えないと始まってしまいます(苦笑)


今日の番組では、児玉源太郎が指揮して、203高地を攻めて陥落させるところがメインになるのでしょうか。
28サンチ砲という相当な破壊力をもった用いられます。砲弾も5発以下どころか、ふんだんに使われました。


勝敗には兵器の能力と物量が大きくものをいうことを思い知らされます。


それから、僕は戦闘シーンは好きではありません。なるべく短くしてほしい・・・



時間がないので、古川さんの言葉を使って、取ってつけたような結論とします。

旅順攻略戦を知ったかぶりで批評する人へ。
「その悲惨な戦闘を、現代の安全地帯にいる者が、あたかも観覧席から見るように、嘲笑するとはどうであろう」(「斜陽に立つ」P368)

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