米男嫌米女
今日は真珠湾攻撃の日です。日本時間では1941年12月8日未明になりますが、ハワイ時間12月7日です。
12月5日と6日の記事と関連させて一つだけ書きます。
第2次世界大戦について、日本の行った戦争について善悪で裁いた意見がありますが、それに僕は違和感を感じます。
理由を2つ書きます。
◎戦争そのものが、善悪の評価になじまないこと。万人が認める絶対な善の基準があれば、それを基に判断を下せますが、それは未だに存在しません。だから善の基準は相対化せざるを得ません。よって何を基準にするか、どちらの立場に立つかで善悪の判定が変わってきます。そこを論争しても解決を得ることはかなり困難でしょう。というか不毛の対立のみ残る感じさえします。
◎仮に善悪の評価をするなら、古今東西すべての戦争に当てはめるべきで、大東亜戦争にのみに照準をあてるのは不公平でしょう。
大東亜戦争は僕にとっては重苦しい課題で、ずっと抱え、考え続けていくものです。
ただ、以前読んだ本(どの本か忘れましたが)に「今の価値基準で、過去の出来事を裁いてはいけない」という内容のことが書かれていました。これが僕の頭の中にしっかり残っているのです。
さて、本題です。
内田樹「映画の構造分析」に次の文がありました。
「アメリカの男はアメリカの女が嫌いである」(P207)
今日のタイトルの「米男嫌米女」は、これを僕が勝手に短くしただけです(笑)
僕は映画は好きですが、見る数は少ないです。少ない中でアメリカ映画の占める割合は大きいです。しかし内田さんの言っていることは、思いもよらないことでした。
さらに文は続きます。
「私の知る限り、男性が女性をこれほど嫌っている性文化は地上に存在しない」(P207)
「私はアメリカ文学にはとんと不案内であるが、ハリウッド映画はずいぶん見てきた。そして、ハリウッド映画がその全史を通じて強烈な女性嫌悪にドライブされているということについては深い確信を有している」(P212)
「現代のアメリカ文化が根深い女性嫌悪の文化であり、現代アメリカ人が生産し消費している物語の多くが『女を排除し、男だけで生きることの素晴らしさ』を謳い上げている、というフェミニストに分析に私はほとんど同意する」(P231)
「アメリカの女性嫌悪は20世紀アメリカの病である」(P232)
なぜそうなったかという問いを内田さんは発し、仮説を提示しています。
アメリカの西部開拓つまりフロンティアにおける実情が反映しているのではないか。
ハリウッドにおける映画製作の始まりと、フロンティアの消滅がほぼ同時期であること。フロンティア時代に形成された女性嫌悪の説話原型が、ハリウッド映画の現場にフロンティアを失った開拓者たちが流れ込んできたときに定着したのではないか。
さて、どうでしょうか。僕にはわからないことですが。
ハリウッド映画を見るときの一つの視点になりますね。あくまで一つの視点であって、それを先入観にしてはいけないと思います。それから女性嫌悪に毒されないように気をつけなけばいけませんね。
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12月5日と6日の記事と関連させて一つだけ書きます。
第2次世界大戦について、日本の行った戦争について善悪で裁いた意見がありますが、それに僕は違和感を感じます。
理由を2つ書きます。
◎戦争そのものが、善悪の評価になじまないこと。万人が認める絶対な善の基準があれば、それを基に判断を下せますが、それは未だに存在しません。だから善の基準は相対化せざるを得ません。よって何を基準にするか、どちらの立場に立つかで善悪の判定が変わってきます。そこを論争しても解決を得ることはかなり困難でしょう。というか不毛の対立のみ残る感じさえします。
◎仮に善悪の評価をするなら、古今東西すべての戦争に当てはめるべきで、大東亜戦争にのみに照準をあてるのは不公平でしょう。
大東亜戦争は僕にとっては重苦しい課題で、ずっと抱え、考え続けていくものです。
ただ、以前読んだ本(どの本か忘れましたが)に「今の価値基準で、過去の出来事を裁いてはいけない」という内容のことが書かれていました。これが僕の頭の中にしっかり残っているのです。
さて、本題です。
内田樹「映画の構造分析」に次の文がありました。
「アメリカの男はアメリカの女が嫌いである」(P207)
今日のタイトルの「米男嫌米女」は、これを僕が勝手に短くしただけです(笑)
僕は映画は好きですが、見る数は少ないです。少ない中でアメリカ映画の占める割合は大きいです。しかし内田さんの言っていることは、思いもよらないことでした。
さらに文は続きます。
「私の知る限り、男性が女性をこれほど嫌っている性文化は地上に存在しない」(P207)
「私はアメリカ文学にはとんと不案内であるが、ハリウッド映画はずいぶん見てきた。そして、ハリウッド映画がその全史を通じて強烈な女性嫌悪にドライブされているということについては深い確信を有している」(P212)
「現代のアメリカ文化が根深い女性嫌悪の文化であり、現代アメリカ人が生産し消費している物語の多くが『女を排除し、男だけで生きることの素晴らしさ』を謳い上げている、というフェミニストに分析に私はほとんど同意する」(P231)
「アメリカの女性嫌悪は20世紀アメリカの病である」(P232)
なぜそうなったかという問いを内田さんは発し、仮説を提示しています。
アメリカの西部開拓つまりフロンティアにおける実情が反映しているのではないか。
ハリウッドにおける映画製作の始まりと、フロンティアの消滅がほぼ同時期であること。フロンティア時代に形成された女性嫌悪の説話原型が、ハリウッド映画の現場にフロンティアを失った開拓者たちが流れ込んできたときに定着したのではないか。
さて、どうでしょうか。僕にはわからないことですが。
ハリウッド映画を見るときの一つの視点になりますね。あくまで一つの視点であって、それを先入観にしてはいけないと思います。それから女性嫌悪に毒されないように気をつけなけばいけませんね。
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