裁判機関

僕のロング・テーマとしている“武士の起こり”と鎌倉幕府成立の必然性について書きます。

「三浦半島記」(司馬遼太郎 著)から引用しますが、

農民 ― 武士という大いなる農民 ― が、政権を作った

これって何回もこのブログで使っていますね。またかよ、と思われたかも(笑)
でも、ぼくにとってはキーワードなんですよ。これからも飽きずに使いますからね、我慢してください(笑)
今日は、これに続く言葉が重要です。

「律令制の統治制度という不条理なものから、その農地をひらいた者や、その子孫が、頼朝の政権によって農地の所有をたしかなものにした」(P42)

(律令制における土地制度を説明するのは厄介なので、あえて説明を加えず、先へ進みます)

農地の所有をたしかなものにした、というのが大切です。
頼朝の政権ができる前は、たしかなものではなかったことを意味します。

これは「武士の所領そのものが、律令制という国法のもとでは違法に近い」から(P29)

武士が(もとは農民ですが)汗水たらして開墾した土地が、すんなり自分のものにならないのです。
この矛盾がと武士の不満が、鎌倉幕府成立の原動力になりますが、これについては別稿に譲ります。今日はここから「裁判機関」へ話をつなげます。

「違法に近い」とありますが、そのため土地相続に関して公的なルールが育ちませんでした。

だから、土地の所有権に関してもめ事が多かった。武力に訴える事も多かった。いわゆる私闘です。

「武士たちにとって、歴世かかえこんできた土地所有の紛争解決のための民事裁判機関が必要だったし、げんにかれら自身が頼朝を擁してそれをつくったのである」(P30)

こうしてみると、鎌倉幕府は興るべくしておこったといえます。

幕府の重要な機関として公文所(のちの政所)と問注所があります。どちらも訴訟を扱います。



すみません、論旨の通りにくい文になってしまいました(苦笑)
それでも、鎌倉幕府が裁判機関として重要な役割を持っていたことがわかってもらえればいいです。

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