非武装だったが

8月10日の「武装解除が原因」に関連して、しょうもないことを考えました。

“武士の起こり”のことを考えていて、農民が武装し、やがて武士になっていくのは、平安朝が軍や警察権力を持たなかったからと書きました。

国家が軍や警察を持つのは当たり前で、それを持たなかった平安朝(のいつ頃かは不明)は世界史的に見ても特異な例だそうです。

それを許した客観的な状況がある。
・本州、四国、九州が平安朝の支配下になった
・国内に反乱する勢力がなかった
・外国からの侵略がなかった
漠然とした印象ですが、そんなことを思っています。

特に対外関係では、大和朝廷のころの大陸との緊張関係はなかったような・・・

と、ここで突飛は思いつきを(笑)

もし、平安中期に元寇があったなら。
どうなると思います?
間違いなく元に征服されていたでしょうね。

“武士の起こり”がいつ頃からどのように発生し、いかなる発展過程をとったか、不勉強なのでわかりません。個別に戦う集団はあったかもしれもせん。しかし正規の軍隊はなかった。
攻められてされるがままになっていたでしょう。
北条時宗がとったような防御態勢をしくことは不可能であったと思います。

ここからわかるように、
幸いなことに平安朝は外国からの軍事的圧力がなかった。(と思い込んでいます)
なににもまして、周囲を海に囲まれているため、多民族や近隣諸国からの侵略や略奪もなかった。

そうしたのほほんとした平和な状況であった。
これが平安朝が非武装でおられた客観的な状況ではないかと思っています。


これはあくまで私見です。批判は甘受します。

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