聴いて考える
昨日書類整理をしていたら、2年前の新聞の切り抜きが出てきました。
小澤征爾のインタビュー記事です。印象的なところを抜粋すると
あるときカラヤンから「音出して走者にキュー(合図)を出す必要はない。 ~ 各人が持っている音楽の感情を自然にインスパイア(喚起)するのが指揮者の奥義だ」と言われました。
小澤さんは言います。
「でも、僕はそのメソッドを持っていない。だから毎年が手探りです」
カラヤンの言葉に「そういうものなのか」と思う一方、意味するところは僕には理解不能という現実があります。音楽的次元が違いすぎるのです。
それから小澤さんの「毎年が手探り」という言葉は衝撃的です。あの世界の小澤にして未だに手探りと言わせるレベルの高さなのかと。
それなら僕が実感をもって受け止めれないのも無理はない、という都合のよい言い訳にしましょう(苦笑)
しかし、はるかに高い次元であっても「奏者の音楽の感情を自然にインスパイアする」という言葉は覚えておきたい!
あと一つ
「音楽を教えることはできない。『ひたすら聴いて考えろ』と言うしかない」
ここで使ってある「音楽」はどういう意味だろうか?
深い意味があるのだろうな・・・
しかし今の僕にはわからない。
“ひたすら聴いて考える”
深くは聴けなくても、浅くは聴ける。
深くは考えれなくても、浅くは考えられる。
考えて100あるうちの0.1でもわかれば嬉しい。
それを積み重ねて1にし、さらに5にまで持っていきたい。
願わくば10になれば幸せだ!
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小澤征爾のインタビュー記事です。印象的なところを抜粋すると
あるときカラヤンから「音出して走者にキュー(合図)を出す必要はない。 ~ 各人が持っている音楽の感情を自然にインスパイア(喚起)するのが指揮者の奥義だ」と言われました。
小澤さんは言います。
「でも、僕はそのメソッドを持っていない。だから毎年が手探りです」
カラヤンの言葉に「そういうものなのか」と思う一方、意味するところは僕には理解不能という現実があります。音楽的次元が違いすぎるのです。
それから小澤さんの「毎年が手探り」という言葉は衝撃的です。あの世界の小澤にして未だに手探りと言わせるレベルの高さなのかと。
それなら僕が実感をもって受け止めれないのも無理はない、という都合のよい言い訳にしましょう(苦笑)
しかし、はるかに高い次元であっても「奏者の音楽の感情を自然にインスパイアする」という言葉は覚えておきたい!
あと一つ
「音楽を教えることはできない。『ひたすら聴いて考えろ』と言うしかない」
ここで使ってある「音楽」はどういう意味だろうか?
深い意味があるのだろうな・・・
しかし今の僕にはわからない。
“ひたすら聴いて考える”
深くは聴けなくても、浅くは聴ける。
深くは考えれなくても、浅くは考えられる。
考えて100あるうちの0.1でもわかれば嬉しい。
それを積み重ねて1にし、さらに5にまで持っていきたい。
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