モーツァルト ― カメレオンの音楽

「疾走するかなしさ」と小林秀雄が書いたそうです。

これは有名な言葉ですが、僕は原作を読んでいません。弦楽五重奏曲ト短調を聞いての言葉だそうです。

モーツァルトの音楽は美しさや軽やかさ、優雅さの裏に「かなしみ」があると言われます。
モーツァルトは好きでよく聞きますが、美しさや優雅さしか感じとることができません。音楽を表面的に聞いているだけで、きっと感受性に乏しいんでしょうね。

さて、数ヶ月前からちびちびと「音楽と文学の対位法」青柳いづみこ著 を読んでいます。
音楽と文学の対位法
6人の作曲家と同時代の文学を絡めて書いてあります。

音楽と文学が縦横無尽に語られているのですが、僕には難しい本です。
曲は好きで聞きますが、深く考えた事がありません。西洋文学には疎いです。知らない文学者や同時代の人々の名前がたくさん出てきます。
すらすら読めなくて、1日5~10ページくらいのペースでのらりくらり。しかも理解という段階に至りません。

まあ、それもよしです。
少しずつ深めていきましょう!


さて、悲しみや苦悩ですが、面白い一節があったので引用します。

「ふつう、人間の思想や感情は時代とともに進歩していくものかと思いがちである。

しかし、享楽のロココから苦悩するロマン派の時代になって、人々はより深くものごとを感じるようになり、より強く内面の葛藤を意識するようになった・・・・・・・わけでは必ずしもない

ロマン派はただ、ロココの人々が、上品なユーモアや機知に包み隠して決して表に出そうとしなかった内面を、はしたなくさらけ出せるほど単純で楽天的なだけだった」 (P31)

別の箇所には
「ロココが ~ 気楽な幸せと影のない快楽の外見の下に隠していた~」(P32)とも書いてあります。

モーツァルトの音楽が表面上明るいのは、時代の要請があったようですね。

「モーツァルトが生きた時代のヨーロッパは、啓蒙主義の影響から、とにかく暗いのがダメだった。
それはロマン派時代が暗くなければダメなのと対照的だ」(P34)
と書いてあります。


そうなのか、知らなかった。

という思いと

知識が先走って、先入観で音楽を聞いてはいけない。たとえば“モーツァルトは明るい表面の下には悲しみがある”というように

という思いの2つがあります。

演奏する側はいろんなことを知って、考えを深めていかなければならないと思います。

それに対し聞く方はどうなんでしょう?
作曲家やその作品を深く知ることは大切だと思いますが、聞くときにそれがプラスに働くのか?
まっさらな心で聞くことの妨げになるのか?

そもそも、まっさらな心で聞くことって可能なのか?

・・・・よくわかりませんね。この時点で迷宮入りです(苦笑)

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