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姓を与える

「源平藤橘」は尊い姓です。

つまり源氏、平氏、藤原氏、橘氏ということです。
源頼朝が征夷大将軍となり鎌倉幕府を開いてから、源氏でないと征夷大将軍になれないようになりました。(正確なことはわかりません。そういう取り決めができたのか、不文律になったのか・・・?)
そのため徳川家康は、系図を偽造して源氏にしました。(ちなみに足利尊氏は正統な源氏です)

江戸時代の武家にとって「姓とは何か?」を考えさせらる一文が、「われに千里の思いあり」にありました。
われに
織田信長の小姓から出世し大名になった利家を初代とする前田家。

前田利家は、若かりし頃の豊臣秀吉とは同僚(みたいなもの)でした。
後年秀吉が天下人となりますが、利家への信頼の証でしょうか?何か思惑があったのでしょうか?羽柴の姓を与えます
さらに前田利家は、筑前守という受領名も受け継ぎ、羽柴筑前守となります。

上巻の345ページに書いてあるのですが、これを読んでびっくりしましたね。
秀吉が朝廷から「豊臣」の姓をおくられる前が「羽柴」で、羽柴筑前守秀吉でしたからね。

利家の息子の利長(前田家二代目)は、羽柴肥前守です。

そして徳川の天下となって後、前田家の三代目が元服するとき家康はこう言います。
「その方を従四位下、侍従に叙任いたし、筑前守を兼ねさせる」
さらに
「元服名は利光といたし、松平の姓を与えるにより、以後は松平筑前守利光と名のるべし」

徳川家康の前の姓が「松平」ですよ。

著者の中村彰彦さんはこう解説します。
「家康が前田家から羽柴姓を奪ってその替わり松平姓を用いよと命じたことはふたつのふくみがあったのである。
ひとつは、もはや前田家は豊家恩顧の家筋ではなくなった、と世に知らしめること。
また同時に、前田家は幕府にとって外様大名であるが、以後は松平姓の親藩とおなじように扱う、との意思をみせておくこと」(P348)

補足しておくと、
・この時点で豊臣秀頼は大阪城に健在でした。
・利光はこの時13歳ですが、元服前に正室を徳川家から迎えていました。


徳川家康の凄みを感じます。

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