北条早雲

「早雲の軍配者」(富樫 倫太郎 著)に、北条早雲は「仁者」であると、登場人物の口を通して語られています。

意外でした。
僕は北条早雲のことは全く知らなくて、斎藤道三に近い“梟雄”とイメージを持っていました。それとかけ離れた「仁者」という評価に引っかかりを覚えまたのです。

言っちゃあ難ですが、富樫さんの本は初めてだし、「早雲の軍配者」は戦国時代を題材にしたエンターテイメント小説という色彩が強かったので、あまり信用できなかった。

では信頼できるもので調べよう!

すぐ思いついたのが司馬遼太郎の「箱根の坂」。
前々から読みたかった本ですが、なぜかしら買って手に取ろうとしなかった本です。

よし、この機会に読もう!

ということで、読み始めました。

全3巻読破して、富樫さんの描く北条早雲と司馬さんのそれは近いものがありました。

領主であるのに、着飾ることなく粗末な衣服を着て領内をくまなく歩いて回る。田畑の様子を見、農民をいたわる。
もめ事や地頭の横暴は直接訴えさせ、自ら裁く。
「四公六民」という当時では考えられない租税の安さ。
その他もろもろの施策で、農民には住みやすい土地にする。他の領地や他国の農民からうらやましがられる。早雲の領地となればよいのにと思われるほどに。

早雲によってひかれた路線は、氏綱、氏康へと引き継がれた北条氏の政治は、江戸時代のどの善政よりもよい、と司馬さんに言わしめるほどです。

早雲は、領民からは慕われ、「仁者」という言葉は使わなかったけど、それに近い雰囲気をうかがわせました。


戦国時代は北条早雲の伊豆奪取をもって始まるのでしたっけ?
「箱根の坂」では、伊豆も小田原も領土的野心をもって取った、としていません。
伊豆攻略の前は、駿河の興国時城の領地で「四公六民」を維持し続けるには大変苦しく、領土を広げる必要があった。
伊豆を攻略したが、この国は山ばかりで農地の少ない土地のため経済状態が苦しかった。かといって「四公六民」をやめて、農民からの税負担を多くする事は絶対しようとしなかった。

(早雲の生活はほんとに質素なんですよ!農民から搾り取って、贅沢しようなんてこれっぽっちも思っていなかった)

広く豊かな土地がどうしても必要になった。
ではどこの土地を求めるかというと、箱根の坂を越えて相模(神奈川県)に行くよりほかなかった。

(今風にいえば、現在の事業規模では経営が厳しい。現状維持では改善が見込めない。解決するためには事業規模を拡大することが最も有効。それによって経営が安定する。だから事業拡大を・・・といったあたりでしょうか)

相模に行くとは、すなち攻め込むことで、これは侵略ではないかと早雲は煩悶します。
この時はまだ戦国時代ではありません。室町の倫理観があります。


・・・決断に至る過程は省略します。そこにはギラギラとした領土欲はありません。
もし興味をもたれたら「箱根の坂」を読んでみてください・・・


そして決断し「」を越えて小田原を攻略します。

早雲には、新しい時代を切り開いたという考えはなかったかもしれませんが、結果として戦国時代の幕が切って落とされます。


長くなったのでここでやめますが、次回は早雲の革新性につて書きたいと思います。
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No title

梟雄と呼ばれた早雲も、民衆には「名君」として慕われていたようですね。
氏綱、氏康にも領国統治方針は引き継がれていたようですね。
小田原の人たちは、今でも北条氏のことを篤く語ります・・・。

小田原

piglet01さん、こんにちは。

「箱根の坂」は応仁の乱あたりから早雲死去まで書いてあります。
早雲のみならず、この時代を知るガイドブックにもなりました。

>小田原の人たちは、今でも北条氏のことを篤く語ります<
そうなんですか!
小田原に行ってみたいんです。

なによりも小田原城に行きたい。江戸期でなく、北条氏時代の城跡を見てみたいです。
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