武士の起こり(2)

研究発表シリーズ、約10日ぶりの更新です(苦笑)

平家が失敗して、源頼朝が成功したのはなぜか?
そこに武士の支持があったから。

具体的に言うと、土地所有を願う武士の気持ちをかなえてやったから。(ここがポイント)

解説すると、武士はもともと“開拓農民”です。
平安時代、機械のない時代です。せっせせっせと働いて土地を開墾していきます。しかし、汗水たらして切り開いた土地が自分のものにならなかったのです。土地所有が許されなかったのです。

だから、自ら開墾した土地を所有したいという切実な願いが、もともと開拓農民であった武士達のなかに蓄積されていきました。


鎌倉幕府成立に関心があって、武士の土地所有という願いが気になり、そこから「武士の起こり」とは何かまで辿っていくようなりました。さらにさかのぼると日本の土地制度までいきました。

<日本の土地制度の流れ>

縄文?弥生?大和朝廷初期のことはよくわかりません。
土地は私有されていたかと思います(たぶん・・・?)

いつ頃かは不明ですが、大化の改新の頃まで、大小さまざまな豪族などがそれぞれの土地を所有していました。
というのは646年に出された「改新の詔(みことのり)」がその証明になります。

改新の詔の一つに
土地の私有を廃し、土地と人民を天皇が直接支配する。(公地公民
という内容の文があるからです。

詔が出てすぐに、豪族がすぐに土地を手放して公有地になったとは思いません。ある程度の年数をかけて公有化されたと想像します。

701年大宝律令

班田収受法(律令制による土地制度)
・戸籍の作成
・戸籍に登録された6歳以上の男女に口分田が与えられる
・人々は口分田に応じ租を納める


723年三世一身法
公地公民制が崩れ始めます。

743年墾田永年私財法

この法は、新しく土地を開いて田を作った場合、永久に私有してもよい。というものですが、これが曲者なんです。
土地私有を認めない公地公民制と私有を認めたこの法。この矛盾が武士の起こりの伏線になります。

そして墾田永年私財法によって「荘園」が登場するようになります。
これ、とんでもないもんなんですよ!


・ ・ ・ 期待をあおらせて、ここで終わります。
次回読んでもらうためのさもしい演出です(笑)

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