今は市街地

450年前の今日は何があった日でしょう?

5月19日といっても旧暦かも知れません。
「日めくり戦国史」(新人物文庫)に書いてあるのですが、史料にある日をそのまま記載したのか、1560年の太陽暦になおしたものかどうかはわかりません。
旧暦なら、太陽暦になおすと6月になるかと思います。

さて答えです。
1560年5月19日は桶狭間の戦いのあった日です。

雑誌名は忘れましたが、今月号に「桶狭間の戦い」を特集しているものがありました。
パラパラとページをめくったところ、旧説を否定して新説を詳しく説明している文章のように思われました。
購入するか否か迷っています。新説に関するものは2冊持っているからです。

あ、ゴメンなさい。
新説と旧説の説明をしていないですね。

<旧説>
今川義元が田楽狭間といわれる窪地(小さな谷間といった方がいいかもしれません)で小休止しているところを織田信長が攻撃を仕掛けた。その行軍ルートが直進コースでなく、山間を迂回して行ったという説。

<新説>
今川義元が休息したのは桶狭間。山といっても高い山ではありません。小さな丘という程度だと思われます。そこへ信長が攻めるのに、中島砦からの直進コースをとったという説。

雑にまとめるとこうなります。
どちらが正しいかは僕にはわかりません。

もしタイムスリップできるなら、人の思考回路を見通せる能力が備わっているなら、155年から60年の5月19日までの信長を観察してみたい。

信長はやがて来るだろう今川軍の来襲に備え、周到な準備をしたはずです。向こう見ずな博打をして奇跡の勝利をおさめたとは思っていません。
勝利を得るために情報を集め、作戦を練り、シュミレーションを繰り返し、不測の状況にも対応できるようにしたと思っています。

そこを知りたい。僕の関心は勝利を得るためになされた過程すべてにあって、行軍ルートへの関心はやや薄い。(といっても新旧2説の記事を読むのは好きですが・・・ちょっと矛盾かな?)


今日のタイトルの「今は市街地」ですが、○年前に国道1号線を走り、桶狭間付近を通りました。都会の中にうずもれてしまった史跡地付近という印象でした。
「つわものどもが夢の跡」を感じたい僕には、ただただ幻滅のみ(悲)

桶狭間の戦いを説明するのにカラーの地図やイラストを使ってありますが、それと市街地となっている現状はあまりにも違いすぎて、450年前の5月19日を想像するのも困難です。
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