事実は

「事実は小説よりも奇なり」

この言葉を思い起こさせた「中原の虹」第2巻(浅田次郎著)。

歴史小説を読むときに、どこまでが史実でどこからが史料に基づいた考察の結果なのか、または筆者の想像なのか、と無意識のうちに区分けしながら読んでいる(と思っています)。

普通の小説なら100%フィクションと思っているので、物語の流れをそのまま受け入れます(たぶんそうしていると思う・・・)
けれども歴史小説は、そういうわけにはいきません。史実を曲げてはいけないという基準が僕の中にはあって、嘘を書いていると思うと、とたんにその小説なり筆者への評価が一気に下がります。

それで、今読んでいる「中原の虹」。
清朝末期は全く未知なので、この小説に書かれている事がどれほど史実であり、信頼できる史料にのっとっているのかわかりません。
時代が近い分、史料が豊富にあり、史実と違う事が書けないだろうと考えているのですが、どうでしょう?

仮にほとんど史実であるとした場合、第2巻中ごろ後半にかけて西太后が考え、なそうとしている事はまさに「事実は小説よりも奇なり」です。

西太后の最晩年、まさに清朝が滅びようとしている時、西欧列強が中国国土を蚕食しようと狙いをすましている時です。
清朝を滅ぼしても、中国国土と4億の民を救おうと考え、行動します。そのもろもろの動きと袁世凱その他の動きと絡めて「奇」としかいいようがないのです。

清朝末期のことを知らないがゆえに「中原の虹」に展開されるストーリーが、極上のサスペンス小説や政治ドラマのように、いやそれ以上にスリリング感を与えるのです。

(ここでストーリーを書くとネタばれするので書きません)

そして“ラストエンペラー”清朝第12代皇帝溥儀が定められます。
西太后ひとりの意志によって、たった3歳の子が皇帝となることになりました。誰も予想することができなかったことです。

浅田次郎は、こう書いています。
「西太后がまったく世間の常識の及ばぬ政治的天才である」(P309)
「世界はこの国を呑みこもうとしているが、依然としてその中心にある女は、世界を翻弄する天才的頭脳を持っていた」(P309)
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