豊臣秀長(13)

秀吉が秀長に「忠勤」「目利き」「耳聡(みみさと)」が大事だ、これが信長の好むところだと語りました。

「耳聡」は領地内外の様々な情報を集め、信長の耳に入れること。言い換えれば情報活動です。
秀吉は、情報収集とそれを基礎とした調略活動にかなりの功績を残しているようです。

戦国時代は戦いに明け暮れたというイメージがありますが、そんなに頻繁に戦いがあったわけではないようですね。

兵士のことを考えればそうだろうと、自分で勝手に納得していますが・・・
つまり戦をすれば、死傷者がでます。戦の回数が増えれば増えるほど死傷者数が累積されます。目減りしていく兵力をどうやって補うか?
人間は生まれるのに十月十日。十代半ばか後半になって兵士として働けるようになります。1人補充するのに15?20年、戦国時代は医療事情も悪かったでしょうから、十数歳に達するまでに亡くなる子もいたでしょう。
足らなくなったから簡単にスペアを持ってくるというわけにはいかないのです。

そして当時は農業を兼業している武士がほとんどでした。男子は貴重な働き手です。それがどんどん戦に駆り出されたらどうなるか。働き手が少なくなっていくとどうなるか。
相当の不満がたまってきます。動員命令に従わなくなってしまうでしょう。

などが理由として考えられるのではないかと思います。
戦には莫大なお金が必要です。それをどうやって調達するか。それも大きな要因だと思います。

だから、領主あるいは大名は損害をいかに少なくして勢力をのばすかに智恵を絞るなずではないか・・・

その為の調略活動。

調略活動によって味方を増やしたり、敵の大名の内部分裂を謀り、裏切り者を出させたり等。

秀吉には情報収集と調略活動に秀でていましたが、それを秀吉一個人の力でないと堺屋太一は考えています。

「豊臣秀長」上 P91 には
「情報・調略に活躍した木下藤吉郎は、その任務の一端を、『この人』、実弟の小一郎にも手伝わせたに違いない。情報・調略といった仕事には深い信頼関係と冷静な知能が必要だ。藤吉郎の初期の家来で、それほどに信頼できる知恵者は、実弟の『この人』以外にいないからである」

手柄を全て兄の秀吉に譲って、表に出ようとしなかった秀長ですから、さもありなんです。
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異父弟?

秀長は、温厚な人柄で兄の補佐役に徹し、兄が天下人となってからは諸大名からも頼りにされたようですね。

堺屋さんは

こんにちは。

秀長は秀吉の異父弟か?同じ父親か?

通説は異父弟ですが、堺屋さんはそうではないという考えです。
「豊臣秀長」という小説の始まりに、わざわざ生年と史料をつき合わせて、秀吉も秀長も同じ父親であると述べています。

どちらが正しいかは僕にはわかりませんが・・・


秀長を知ったのは堺屋太一のおかげです。
「補佐役」の典型の一つとして学ぶべき事が多いと思い、拙ブログで細々と書き続けています。
頑張って続けたいと思います。
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