主殿は全き人

田沼主殿頭意次 → 主殿頭(とのものかみ)、意次が

田沼は9代将軍の家重と10大代将軍の家治に仕えました。
家重が亡くなろうとする時、家治に

「主殿はまたうとのものなり。行々(ゆくゆく)こころを添えて召仕はるべき」と言いました。

「またうとのもの」は『全き人』『完全な人』という意味で、田沼は家重の全幅の信頼を得ていた事がうかがえます。
(昨日からの続きでいうと、たとえ将軍といえども諱で人を呼んでいません)

以下、佐藤雅美の「主殿の税」と「執念の財政改革」から独断と偏見で引用します。

田沼はとても対人関係を大切にしました。将軍は勿論、目上、同僚、下僚にも。
全き人と家治に言わせるほど完璧に仕えているのですが、佐藤さんの著作からはうかがえません。
こういうのは記録に残しにくいのでしょうね。けれども周囲に対する心遣いから類推する事ができるかもしれません。


意次の祖父はかなり低い身分だったようです(詳細は不明)。父の意行紀州徳川家に仕え、吉宗が将軍になることで幕臣になりました。
意次は16歳の時、家重の小姓になります。そこから出世階段を上っていきます。

これからわかるように、意次は“成り上がり者”です。
周囲の目は厳しいものがあります。昇進を重ねれば重ねるほど、上にも下にも心をくばったようです。

周囲に円滑な関係を作って、政(まつりごと)における将軍と幕閣や幕府の官僚組織との関係をうまくとりもったのかもしれません。私的な面、つまり大奥やその他の関係においても。(どちらも全くの想像ですが)
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