儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇

ケント・ギルバート「儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇」を読み終えました。

孔子が筆を執って書いたのではなく、語った言葉を弟子たちが記録したのが「論語」です。
僕はは、その論語から儒教が生まれてきたととらえています。

中国や朝鮮半島の2国は儒教社会であるのに、その原典である論語は日本にも伝えられましたが、儒教は日本に根づきませんでした。なぜでしょう?

謎です。

その謎解きをケントさんがしているわけではありません。
日本と中国・韓国・北朝鮮との違いを、儒教というアングルで見て、具体的事実とともに読者に提示してみせたのが本書です。


引用を中心に一部を紹介します。

論語の中に、父が罪を犯したのを子が見て訴え出ました。孔子はこれに対し、父は子のために罪を隠してかばい。子は父のために罪を隠してかばうものです。この罪を隠すことのなかにこそ、正直の精神があるのです、と諭しました。
ここからケントさんは、「公」よりも家族愛を上に置く価値観を突き詰めていくと、結果的に「公」よりも「私」を重んじる方向へ向かいます。それは「私」や「一族」の利益のためなら、法律を犯すこともよしとする風潮へ変化していったのです。

中国が国際法という公のルールを守ることよりも、「自国だけの利益」を、いや、実際には共産党幹部や軍の将軍が、「自分とその一族の利益だけ」を守ることの方が重要だと考えているからです。 と述べています。 (P24~25)


ケントさんは、儒教が中華思想と密接につながっていると書き、中華思想に基づく自らの主張が、たとえ史実や世界の常識に反していても、決して自らの過ちを認めないのが中国人。
「中華民族は天命を受けた地球の支配者なのだから、どこで何をしても許される」と本気で考えています。つまり、彼らの頭の中には、「過ち」という概念自体が存在しないのです。
と述べています。(P32)

kent 儒教

中国人は、自らの利益のためなら法を犯すことすら厭いません。彼らは、息をするように嘘をつきますが、そこに罪悪感は微塵もありません。「騙すほうより騙されるほうが悪い」と考えているからです。 (P41)


最初の5分の1の引用だけで、これだけの量になりました(苦笑)
この調子で最後までいくと、大変な長文になるのでここで止めます。

気が向けば、この続編を書きます。
それでは。
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こんにちは

よんちゃんさん
こんにちは。
コメントではご無沙汰していました。

GWに読書。いいですね。
僕は事情がありましてできませんが、こんな風に何冊か手元に置いて読んでみたいです。

ケントさんの本も興味深いですね。
僕はこれまで仕事上で中国人、韓国人といっぱい触れましたけど、日本人とはすごく違う感じがありますね。

読書

ST Rocker さん、こんにちは。

日頃は読書する時間がとれないので、こうした休みの時しか読めないのです。

僕はじかに中国人や韓国人に触れることがありません。なのでケントさんの本で、へ~、なるほどと思うことが多くありました。
ST Rocker さんがこの本を読まれたら、まさに実感をもって「そうだ!」と肯く箇所もあれば、「ちょっと違うだろう」と疑問を挟む箇所もあるかもしれませんね。

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