大いに泣きましょう!

一昨日たまたま見たTVに「泣くこと」がストレス解消になる、とありました。

映画やドラマ、アニメなどを見て、感動し涙を流す事によって、脳内にセロトニンという物質が分泌されて、これがストレス解消の働きをするらしい。

映画等を見て涙を流し、その後気分がすっきりしたという経験をお持ちの方がおられるかもしれません。
僕はあんまり意識したことがなく、そういえばそうかもしれないなという程度のあやふやなものです(苦笑)

でもストレス発散のために映画等を見たり、泣ける音楽を聞くのは、なんとなく嫌ですね。
泣きたいから見たり聞いたりするのは、まれにそういう気分になる時はあるけど、泣くという目的のためにというのはどことなく空々しい。

いいものを見たい、だから見る。いい音楽を聞きたい、だから聞く。

そうありたいと思っています。
結果として涙するというのが、形としてはいいかな。

ところで最近で一番泣けたのは、プッチーニ/歌劇「ラ・ボエーム」
CDで音だけ聞いてもジーンとくるのに、映像として初めて見たら・・・、もうたまりませんね!!


話変わりますが、今日の文を書きながらふと気がつきました。
「風のように」のスタートが昨年の9月24日なんです。

そう! 半年たったんです!

兄貴分の「司馬氏のアイーダ」は最近ますますサボっているのに、弟分の「風のように」は元気いっぱい(?)です。
FC2 Blog Ranking
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

まったくの!

よ、よ、よんちゃんさまこんにちは。
ご無沙汰しておりました。

ちょっとこれは!と思い、デスクの山かき分けて書いております。

私もよんちゃんさまと全くの同感です!更に言わせて下さい!

近頃、安易に泣くための本とか音楽とか映画、ドラマが多すぎます。

感動や泣いてしまうツボは人それぞれちがうはずなのに、書店に行けば『泣けるはなし~』とか『○○粒の涙~』CDショップでは『泣ける歌~』
が、シリーズで平積みの山積み。どれもデカデカとデリカシーの無いタイトルデザイン・装丁。

「これがかわいそうな話だよ~」
そうやって涙や感動の基準をナビゲートしてもらわないと本も選べないのかね…日本人。味がないね~。自分で感じればいいのに。

個人的に「あの本いいよ~泣いちゃったよ。あんたも読んでみな。」って、教えてもらう作品との出会いは賛成です。後の感じ方を押し付けられないから。

だけど、出版のプロが『泣ける~』そんな線引きでしか本を売り込めないなんて情けない…。もっと本を読みたくさせる言葉や表現ってないのかなぁ…。先入観から入る読み方って危険…。


確かに今の若者や子供は私の時代より読書家が多い気がします。
でも、感じ方の幅が狭まっている気がしてなりません。
健全でなくてもいいけど、独自の世界観に浸れるような読み方をして欲しいです。

 先日の子供の卒業式では泣くつもりもないのに泣いてしまい、片頭痛がしました。顔の外壁も崩れました。あぁ今も思っただけで…。
















追伸

再び登場。あぁあわてんぼうな私。

“風のように”半年おめでとうございます♪
ずっと続けてね~☆


さぁ晩御飯、そして今日こそ稽古場へ!いざ!ホニャララ!

感受性

ジョビジョバさん、こんにちは。

本屋さんは好きでよく行きますが、「泣ける○○」には関心が無いのですが、そういわれればそういう類の本が多いですね。

TVドラマや小説などで「泣ける」を売りにしてことが、受けて側の感性を画一化しているのでしょうか?

ジョビジョバさんのおっしゃることをなるほどと思いながら読みました。深く考えた事がないテーマなので、今はそれ以上考えを発展させる事ができませんが、気に留めておきたいテーマです。

ひとつ思うのは形容詞表現の貧弱さも関係あるのかな?と・・・
「うざい」「きもい」では感受性は育たないのかな?と・・・
プロフィール

よんちゃん

Author:よんちゃん
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード