新政権発足時を比較

加来耕三の「不敗の宰相 大久保利通」の次の箇所を読んでいて、思いついたことを書きます。

明治元年から2年あたりの状況での記述です。
「『土崩(どほう)』とは、すべてが崩壊することをいう。
行政上、財政上、思想上、すべての面で未熟な弱体政権を抜本的に改革しなければ、国家は『土崩』してしまうと、大久保は周囲に力説した」 (P256)

不敗の宰相

江戸幕府が倒れて、明治新政府が成立し、普通に改革事業をやっていった、というイメージがあるかもしれません。
ところが、鎌倉幕府以降の政権の中で、成立当時最も不安定だったのは明治政府です。それも他と比べようもなく、ダントツな不安定さです。

具体的にいうと

前政権を倒した時の「自前の軍事力や経済力」と「与党勢力の軍事力や経済力」をみてみるとわかります。

(あらかじめ断っておきますが、漠っとした知識しかないので曖昧であったり、間違っているかもしれません)

源頼朝
挙兵当時の軍事力はごくわずかで、経済力はゼロと言っていいかもしれません。平家討滅の時にはどれくらい増えていたでしょう? 不明です。
それよりバックにいた関東武士団が強烈でした。平安末期の日本の武士事情を全く知りませんが、僕のイメージとしては関東武士団は最強ですね。(2番目が奥州藤原氏かな)


足利尊氏
後醍醐天皇の朝廷とそれに従う武家勢力を倒した時、自前の軍事力は? わかりません(苦笑) 領地は? わかりません(苦笑) けれど、それなりにあったと思います。
尊氏を応援する武士たちがたくさんいました。(だから勝てたんですけどね)


豊臣秀吉
「前政権を倒した~」に当てはまりませんが(笑) 天下統一した時の自前の軍事力と経済力は強力でした。完全に圧倒していましたね。


徳川家康
関ヶ原の戦いに勝って、実質的にNo1になりましたが、「前政権を倒した~」に当てはまりません(笑)
自前の軍事力と経済力ですが、全3者と違ってハッキリしていますね。秀吉によって与えられた関東の領地です。他の大名より大きい。


さて、明治政府は・・・

自前の軍事力はありません
江戸時代までは朝廷でした。朝廷は軍隊を持っていません。明治という時代になって、パッと軍隊を持つようになった、なんてありえません。

戊辰戦争は政府側の軍隊がいて、戦っていますが、これは明治政府の軍隊ではありません。あくまで薩長その他の藩からの借り物です。(これ、僕の考えです)

借り物でも、思いのままになるかというと、かなり疑問です。
なぜなら、藩の軍隊つまり藩士達は、藩主の命令によって動きます。藩主が帰ってこいと言えば、藩に帰るはずです。
ということは、藩の方針にそって動くわけで、明治政府の命令によって動くわけではないのです。



室町時代は除いて、鎌倉・安土桃山・江戸は、他を圧倒する軍事パワーがありました。

新政権発足時は、不安定な要素があって不測の事態が起こる可能性があります。(実際にいろいろと反乱が起こったりします) そこを抑え込める軍事力は必要です。(これは、平成の世から考えられないですね)


大久保はじりじりとした不安のなかにあったと思います。これが明治元年から2年前半の頃の状況です。


FC2 Blog Ranking

関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

よんちゃん

Author:よんちゃん
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード