夢に出た

「それは7月1日のことであった」

「出た!信長公が夢に出た」

出ただけではなかった、夢枕に現れた信長は、あの恐ろしい大音声で「藤吉郎」と秀吉を怒鳴りつけ、

「もう藤吉郎! いい時分ではないか、こっちへ、こい!」

「お許しを。藤吉郎は家来の分際で、信雄殿に刃向いました。でも、まだ死にたくない」

「いやいや、お前は、わしの子を、ひどい有様にしたおうじゃの。急いで、こい!」
信長は怒鳴り、鬼のような恐ろしい目で秀吉を睨みつけ、
「引きずり出してやる!」
と、雷のような声を轟かせた。鋼鉄のような信長の腕がのびてきて、秀吉の首根っこを鷲づかみにした。野良猫のように床を引きずり回され、あたりの恐怖に声を失ったところで、秀吉の夢はさめた。


これは、磯田道史の「殿様の通信簿」より抜き書きしました。現代語訳は磯田さん自身です。(P108~109)

前田利家が秀吉から聞いた話です。

これを家来に真顔で語り、そして
それ以来、秀吉公は何かが切れてしまったようになられた


なんか、意味深長ですね。
天下を取ってしばらくしてから秀吉はおかしくなっていきました。おかしくなっていく契機が、この夢でしょうか?
いずれにしても逸話としては面白いです。



秀吉は臨終の床で、諸大名に「秀頼をたのむ」と涙を流しながら懇願しました。情に訴えたのです。

家康は亡くなる前、病床に3人の大名を呼びました。前田利常、福島正則、加藤忠広(加藤清正の子)です。謀反を起こす可能性の高い大名です。

利常に対し、家康は
「わしは今から死ぬ。お前をどうやって殺そうか、と思うておったが、息子の秀忠は、お前の贔屓らしく『それだけはやめてくれ』という。それゆえ助けおいた。秀忠の恩は大きいぞ」
と言いました。

磯田さんは「おまえが生きておられるのも、秀忠のおかげだ、と言いながら、その裏では暗に(おまえなんぞ、いつでも殺せる)と脅しつけている」と言っています。


秀吉が反面教師になっているのかもしれません。

いくら情に訴えても無理で、諸大名というのは、徳川が強ければ従い、弱ければ背くと思っていました。
秀忠に力量がないなら、誰でも天下を奪えばよい。ただし、天下を獲りたければ力ずくで俺たちから取ってみろ。これが家康の遺言だそうです。


江戸初期の幕府と大名は『殺るか殺られるか』の関係である」 (P118)

加賀百万石、日本最大の大名です。豊臣家滅亡後、徳川幕府にとって一番危ないと思っていました。
(島津と毛利は、関ケ原で叩いていているので、しばらくは大丈夫であると考えられていたようです)

そして前田利常は傑物でした。
だから家康は殺そうとしました。しかし、それができなかったので、死の前に呼び出して脅しつけたのでしょう。



後日談があります。3年後に福島家、その10数年後加藤家が改易になります。
前田家は「家康公は、死ぬ間際に、前田は助けることにした、と仰せられた。福島の方は潰すつもりであったらしい」と言い触らしました。
生き残りに必死です。


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