殿様の通信簿

「武士の家計簿」の著者である磯田道史の本「殿様の通信簿」を読みました。

土芥寇讎記」(どかいこうしゅうき)という元禄期に書かれた書物で、現在この世に1冊しかない史料を中心にして書かれた本です。

殿様

最初に取り上げられた人物は徳川光圀
この名前より水戸黄門の方が名が通っていますね。

副題に「ひそかに悪所に通い、酒宴遊興甚だし」とあります。

土芥寇讎記の大名評価は辛辣なものが多いのですが、光圀は善政がたたえられたりと、いい評価がされています。一方で副題にあるような記述もあります。

磯田さんは、悪所の説明をしているのですが、それが僕には面白かったのです。以下にまとめます。

⇒「悪所」というのは、儒教色をおびた、江戸時代の道徳観念から生まれた言葉です。
江戸時代の倫理では、国と祖先を祭る儀式に使われる芸能をのぞけば、あらゆる芸能はとされます。

おどりを踊ったり、芝居をみたり、という娯楽芸能はであり、そういうことをおこなう場所を悪所とよびました。売春婦のいる遊里はもちろん、歌舞伎役者のいる芝居小屋もみんな悪所です。

能は悪所ではありませんが、歌舞伎はダメです。これを見ることは不道徳な行いで、俗悪趣味とされました。

歌舞伎ファンの皆さん、びっくりでしょ。


さらに驚かされたことは何かというと↓
光圀の時代の遊郭は遊里とよばれ、俗悪な風俗というよりも、文化サロンの一つになっていたというんです。

遊里には、詩文・書画・管弦の達人が集まっており、身分をこえた学芸の交流ができたということです。

今の世のイメージからいうと全然ちがいますね。そういった文化サロンでの身分を超えた交流というのが、光圀にとって一番の目的だったのかもしれませんね。

このあたりの機微は、冲方丁の「光圀伝」を読むとよく分かりますね。
光圀




2番目に取り上げられているのが、浅野内匠頭と大石内蔵助です。
12月でしたっけ?忠臣蔵の放送がよくされるのは。その頃に覚えていたら文を書きます(笑)

4番目は前田利長、5番目は前田利常。これは面白いですよ。次の機会にかきます。


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