カラマーゾフ本2冊

7~8月でドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読みました。その余波が続いています。

というよりも、買っていて読んでいなかった本を読んでいます。もっと正確に言うと、原作を読んでなければ意味がない本を読んでいます。

カラマ

どちらも翻訳者である亀山郁夫さんの本で、写真左が2008年秋、右が2007年9月出版。購入もその時期です。
ドストエフスキーの研究者であった亀山さんが、翻訳者としてなした大仕事が「カラマーゾフの兄弟」です。この2冊には研究者として深く読み込んできたことで得られたものと、翻訳という作業を通して得られたものが織り交ぜられています。

だから深さ高さ広さを兼ね備えた著作になっているのでしょう、たぶん・・・

そのレベルに達していない僕には、それをキャッチするアンテナがありませんでした(悲)
読んでいても、上の方がスカスカと言葉が飛び交っていますが、つかまえられません。実感を持って受け止められなかったのです。

ただ物語の筋だけを追っているだけの読者にはレベルが高い本でした。残念。
いつか「カラマーゾフの兄弟」を再読したら、その後にこの2冊を読んだら、ビビビッとくるかもしれません。


感想はそんなところで、面白いなと思った内容をいくつか紹介します。

亀山さんはこの小説を4つのレベルで読み取ろうとしています。
物語層」「自伝層」「歴史層」「象徴層」です。

物語層というのは、小説のストーリーの部分。
自伝層というのは、ドストエフスキーが自分の人生から切り取ってきたものをどう意味づけしているかを表す部分。
歴史層は作者の歴史観といえる部分。あるいは歴史的状況が小説の成立とその展開にどうかかわっているかを考えさせる部分。
象徴層は、上記3つの層におけるさまざまなドラマを支配し、結末へと導いていく複数の原理を考える部分。
こうした4つの層で立体的に見ていくのです。

一般読者にとっては物語層だけでも十分でしょう。深く小説を味わいたいのであれば、話が変わってきますが。


「カラマーゾフの兄弟」は4部構成で、それぞれ3編にわけられ全部で12編、それにエピローグがつきます。つまり13の部分からなっています。亀山さんの2冊も同様の構成をとっています。4×3+1=13です。
12や13はキリスト教にとっては意味ある数字ですね。

キリスト教つながりでいうと、ドストエフスキーはキリスト教作家の範疇に入れられるそうですが、亀山さんはそれに疑問を呈しています。
ドストエフスキーは共産主義に共鳴し、革命運動にも携わりました。この件で逮捕されシベリアに送られもしました。それを踏まえつつ次の文を読んでください。

「おそらく『改心』はなかった。『改心』を演じ続ける努力、それこそがドストエフスキーの人生ではなかったのか。 <中略> ただ、『改心』を演じ続ける自分に、作家自身が自分でもそれと気づかないほど集中してきたことは、まぎれもない事実である」 (「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」P269)

「シベリアでの10年間の辛酸をなめた彼が、流刑から戻ってきてから最晩年にいたるまで、秘密警察の監視を受けてきた事実である。 <中略> 秘密警察による監視という事実は、当然のことながら、ドストエフスキーにたいし、つねに皇帝権力に対する『二枚舌』的な言動を強いる結果になった。逆に秘密警察は、小説や書簡にみるそうした彼の『二枚舌』的言動こそ疑い、監視していたといえる」 (同書P171)

ちょっとショスタコーヴィッチを連想させますね。

こうしたことを知ると、ドストエフスキーの小説自体も一筋縄ではいかないものと思われます。
複眼というか裏読みが必要かも(笑)
食えないやつで、食えない小説かもしれません。単純に言っちゃうとね(笑)


ドストエフスキー関連、しばらく続きます。

知れば知るほど面白くなってくるんですね。

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