誰を裁くか

刑事裁判とは誰を裁くためのものか?

日本人の多くは、「被告を裁くため」とか「犯罪者を裁くため」と言うかもしれません。

これは大岡越前や遠山の金さんの影響が大きいですね。僕も子供の頃よく見ていました。親が時代劇が好きだったもんで、よくかかっていたのです。チャンネルの選択権は親にありましたからね(笑)

ところが、刑事裁判は被告や犯罪者を裁くものではない、と小室直樹は言います。

被告は有罪が確定するまで無罪とみなされるというのが近代デモクラシー裁判の鉄則です。つまり判決が確定するまでは犯罪者は存在しないことになります。だから「犯罪者を裁く」という表現はありえないことになります。


このあたりを読んで、なるほど!と思いましたね。そうなるとますます誰を裁くの?と答を知りたくなります(笑)


ということで答は

刑事裁判とは検察すなわち行政権力を裁くためのものである。


ふ~ん?

わかったようなわからないようなというのが正直なところ(苦笑)

そこで、小室さんの解説をかいつまんで紹介します。


検察=性悪説というのが近代刑事裁判の大前提だとか。
そういえば以前は、検察は正義の味方というイメージがありましたが、近年そのイメージがゆらぐ事件が起きていますね。誤認逮捕であったり、嘘の自白の強要であったり、偽の証拠をねつ造したりと。

大岡越前や遠山の金さんのような正義の味方で100%善人ではないのです。むしろその逆を考えるんですね。
近代裁判では、検察官や刑事にろくな奴はいない。国家権力を背中にしょっている連中は何をしでかすかわからない、と考えるのです。

その権力の横暴から被告を守らなければならない

刑事裁判で検察に一つの落ち度がないかを調べるのが裁判官の本来の仕事である

別の言い方をすると、本質的には裁判官は被告の味方であって、検察の敵である。

これが小室さんの言うところの、裁判で裁かれるのは検察官である、という意味です。


なるほど!

今までの裁判にたいする見方を変えなければならないと思ったしだいです(笑)





ここでちょっと話がずれますが、

TVのニュースで、ある事件に関して訴えを起こした方が「この裁判を通して真実が明らかになれば」とか「真実をはっきりさせたい」とおっしゃるのを聞くことがあります。

上記のことから考えると、裁判は真実を明らかにする場でもなければ、真実探究の場でもないことがわかります。




話を元にもどして、

刑事訴訟法は、刑事裁判において検事をはじめとする、すべての行政権力を縛るルールとなる。

このことが伝えられたら、今日の記事の目的は達成です(笑)



それにしても、このような国家権力の横暴を許さず、権力を縛るようにしたのはなぜでしょうか?
それはヨーロッパの中世から近世にかけての歴史が背景にあるのです。

それはまた後日に(笑)


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