賢者は幸福ではなく信頼を選ぶ

今年こそは年間100冊を達成させようと思って、スタートダッシュをかけています。

100という数字はあくまで目標であって、それが達成されてどうというものではありません。それだけ読めば賢くなるとか、仕事力がアップするものでもありません。むしろ、読めば読むほど馬鹿になる(だったかな、愚かになるだったかな?)と主張する読書論もあります。

根拠のない数字ではありますが、一つの目標としてクリアしてみたい数字であります(笑)

ということで、順調に読書が進んでいくと、それに合わせてブログの記事にブックレビューが増えます。


と、予告したところで、今日の本は

村上龍の「賢者は幸福ではなく信頼を選ぶ

仰々しいタイトルですね。

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若者向けの雑誌に連載されたエッセーのようです。本文の中にそう書いてありました。
そう書きながらも、文中に「若者には関心がない」とも書かれていました。著者の営業的関心というか、サービス精神のなさというか、まあそれが村上龍らしいといえば、そういえるかもしれません。


文章の書き方で、僕と似ているところがあってちょっと嬉しい気分です。
それは論の進め方のことで、あることについてガガガーと突き詰めていった後に「誤解しないでほしいのだが」と書くところです。
村上さんは、こういう書き方をすると、読者はこちらの真意と違う解釈をもってしまう可能性があると判断して、注意をうながしています。こういう捉え方をされるかわかりませんが、そうじゃないんですよ、このことについて言いたいんですよ、という風に。
そういう慎重さは好きですね。


十把ひとからげに「〇〇は」とすることに異を唱えているところに気づきが与えられました。
例えば「若者は」としても、いろんなタイプの若者がいるわけで、ひとくくりにできるわけないこと。それをひとくくりにしてしまうと乱暴で粗雑な文になること。

たしかにそうですね。本の中で「2:6:2」という数字が出てきます。(どういう内容で使われていたか忘れました。図書館で借りた本なので、今手元にありません。
勝手に解釈して使いますが(笑)、中間層にいるつまり標準的な6割に当てはまっても、両極端の2割と2割に当てはまらないことは大いにあります。それを強引に、全て同じものとしてしまうと正確な文章はできません。



本書のタイトルになった「賢者は幸福ではなく信頼を選ぶ」は、巻末にあるエッセーからきています。

日本は混迷を深め課題山積で、こういった「現状を冷静に判断するのは、むずかしいというより、気が遠くなるくらい面倒で、真剣に考えれば考えるほど、神経がすり減り、いたたまれない気持ちになる。だから、多くの人が『思考放棄』に陥っている.

シリアスな現実から目をそらし、希望的観測をまじえて将来を予測し、考えることから逃げる。その方法、生き方は、とても楽だ」 (P201)

「『思考放棄』に陥った人や共同体には特徴的な傾向があるように思う。『幸福』を至上価値として追い求め、憧れ、生きる上での基準とするということだ」 (P202)

「今、わたしたちに必要なのは、幸福の追求ではなく、信頼の構築だと思う。
 (中略)
国家だけでなく、企業も、個人でも、失われているのは幸福などではなく、信頼である」 (P203)


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