物の怪

司馬遼太郎が「私はアニメのファンのつもりでいます。具体的には宮崎さんアニメのファンです」と言っています。
さらに
宮崎さんに一つ作ってほしいテーマがあるのですが、平安時代に京の闇に棲んでいた物の怪のことです」と。

「時代の風音」という本の中に出てくるのですが、これは堀田善衛、司馬遼太郎、宮崎駿の対談本です。
1992年頃行われたようです。
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「もののけ姫」の公開が1997年、「千と千尋の神隠し」が2001年となっています。

ひょっとして・・・

宮崎さんはこの後、「司馬さんからアニメーションのテーマとしてむずかしい宿題が出されてしまいましたけれども」と発言しています。 (P129、ちなみに司馬さんの発言はP114)
外交辞令なのか、ある程度本気なのかはわかりませんが。


司馬さんの発言が、宮崎アニメの2作に何らかの示唆を与えたとなると考えるのは楽しいのですが、実際のところどうだったのかは不明です。
また、この本の発言を取って「そうだ」と決めつけるほど、僕はうぶではありません(笑)



司馬さんが宮崎駿を評価するのは、フィクションがあるからです。

ここでいうフィクションは意味が限定されています。ヨーロッパ近代文学のフィクションです。

ヨーロッパはキリスト教社会です。神は God です。大文字のゴッドです。

近代になって「ゴッドの時代が終わると、それぞれの作家が神に関係なく、てめえで世界を Fiction という大嘘、大文字のフィクションにした。
一方、日本は明治、大正、昭和初年の文学は私小説が主流ですから、それらは神々ですな。 (中略) 
小文字の god なんです。だからほんとのフィクションはない。 (中略)
私にとっても心地いいんですが、西洋人からみると、これはちょっと、近代文学かしらと思いますでしょう。

それが宮崎さんの作品には大文字の Fiction があるわけです

この人によって、明治、大正文学が遂げられなかったフィクションというのもを遂げさせてる感じがある」 (P114)


この発言のあとに、先ほど引用した司馬さんの提案が出てきます。

いろいろしゃべった後でさらに提案があります。
「お寺で天狗が騒いでやかましくて寝れない。(中略)典雅で、もののあわれみと哄笑が同時にあって、人間への大きな批判を込めた平安朝の物の怪は、アニメーションにならないでしょうか」(P115) 


ひょっとしてこのアイデアでは、『平成狸合戦ぽんぽこ』につながったのかな???
1994年公開の高畑監督の作品だけど、企画は宮崎さんだからね。

根拠なくあれこれ考えるのは楽しいですな(笑)

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