光秀の定理

昨日の続きです。4つのお椀を使った博打はこの小説に出てくるのです。

垣根涼介「光秀の定理」

定理にはレンマというふりがなが打ってあります。

レンマというのがサンスクリット語で
「ある理論体系において、その公理や定義をもとにして証明された命題。そしてそれ以降の、推論の前提となるもの」という意味です。具体例としてはピタゴラスの定理があげられます。

垣根さん、初めて知った名前ですが、ミステリーなどを中心に書いてきた作家のようです。そして本書が氏の、最初の歴史小説ということだそうです。

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タイトルからわかるように、これまでの歴史小説にないものがあります。新領域開拓と言っていいかもしれません。
数学的要素が含まれたのです。昨日書いた4つのお椀を使った博打の話です。確率の問題なんですが、本書に何度も登場します。そして明智光秀の実戦の場でも出てくるのです。

それは光秀が織田信長の家臣となって間もない頃、信長が上洛を果たすために濃尾の大軍を擁して近江を進んだときのことです。
近江の南半分を支配していた六角氏。その居城の観音寺城を攻略しようとします。

観音寺城には支城がいくつもありました。東北方面に和田山城。南東に箕作城。南西に長光寺城

籠る兵は、和田山が6000、箕作が3000、長光寺が300。
和田山が信長の進行経路の最初に当たる地点になるので、そこを攻撃するであろうと予測して、一番多い兵を入れています。

それに対して信長はどうしたか。
信長は和田山城を1万で囲みますが攻撃しません。
観音寺城の西に5千を置いて押さえとします。
観音寺城と箕作城の間に兵を入れ、両城の連絡を絶ち、総勢3万で箕作城を攻撃します。
長光寺城は攻撃目標にされていません。

信長は箕作城を1日で落とすように命令します。

戦いが始まります。
時間が経過していきますが、状況が芳しくありません。

そこで光秀が信長に呼ばれます。長光寺城を攻撃しろという命令です。
この時の光秀は300しか兵はいません。城には同じ300の兵がいます。つまり同数です。信長は1000をつけてやろうと言いますが、光秀は断ります。

さて長光寺城。城へ通じる道は4つ
光秀はすぐ攻撃せず、城を一周して偵察の攻撃を待ちます。
予想としては、それぞれの道に70から80の守備隊がいる。それぞれから攻撃していたら突破は不可能。1つの道に全兵力の300を投入して攻略。

ところが偵察からの報告は、2つの道にそれぞれ100ずついる。残りの2つからは報告がない。いくら待っても帰ってこないので、再度偵察を出す。帰ってきた報告は、敵方の忍びによって2人は殺されていた。自分たちは踏み込んで敵情を知ろうとしたが、非常な身の危険を感じたので帰ってきた。

つまり残り2つの道の状況がさっぱりわからないのです。

50、50で守っているのか、どちらか1つに100いてもう片方が0なのか。
残り2つのどちらかを選ばなければなりません。

さあ光秀、どうする。




ということで、
4つのお椀を使った博打の話は、長光寺城攻略の話に持っていくための伏線だったのですね。



結果は、光秀が進んだ道には相手はいなかったので、一兵も損ずることなく城を落とすことができました。



「光秀の定理」
面白いですよ。エンターテイメント小説という色合いが濃いです。でも薄っぺらな小説ではありません。

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