自分を語る(2)

ここ数日あれこれ考えているのですが、


「ブログは自分を語ること」

なんだろうな・・・

漠然とこの考えが、浮かんでは消えています。
(昨日引用した塩野さんの言葉に触発されているのです)


ブックレビュー、映画や音楽その他のことを書いていますが、結局それらを通して自分を語っているのではないか。


ある面、自分をさらけ出しているわけです。
たいした人間ではありませんが、ブログという匿名性のゆえに、安心して(?)自分をさらしている。



・・・そんなようなことを考えています。

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極論ですが

自然科学の論文も、自分はこう考える、自説を主張する、という観点からとらえれば、自分を語っているとも言えます。その意味では、あらゆる表現は自分を語るものなのかも。ただし、自説の主張の根拠となる様々な事実やデータとその解釈に価値があるわけで、自分を語ることに価値があるわけではありませんが。時に捏造されたデータをもとに自説を展開するケースが見られますが、あれは自分を語ることが目的になっているようなものでしょうね。
ブログ記事の場合は、「自分の備忘として役立つように、他人にも参考になればなお幸い」程度のスタンスが一番良いように思っています。

私は、友とおしゃべりのつもりで---

 かつて、小林秀雄が、「批評とは、他人をだしにして自分を語ること」と言ったのをフッと思い出しました。
 私は、オペラなどのことを書いていますが、感動を他人(ひと)と分かち合いたい、喋りたい気持ちをブログで代行しているよようなものです。
 

No title

narkejp さん、こんにちは。

自然科学の論文のことですが、なるほどそう考えることができますね。そうならば塩野さんの言葉は、汎用性が高いということになります。

>捏造されたデータをもとに自説を展開<
これは悪質ですね。
逆の見方をすれば、そのことで自説を主張するひとの人間性をさらしていると考えることもできますね。

>自分の備忘として役立つように、他人にも参考になればなお幸い<
そうですね。
「自分を語る」なんてことを意識しだすと気楽に書けないですからね(笑)


No title

感動人さん、こんにちは。

塩野さんの「想いの軌跡」のまえがきに小林秀雄の言葉を引用しつつ、この本が出版されるようになった経緯が書いてあります。

これは書下ろしではなく、様々な出版媒体で書かれた文書を集めた本です。
「私の作品を使って、書評子は自分自身をかたっているのだ」の言葉がある文章には、小林秀雄のことは言及されていません。しかし、塩野さんは小林の「批評とは、他人をだしにして自分を語ること」と知っている可能性はありますね。

>感動を他人と分かち合いたい、喋りたい気持ちをブログで代行している<
わかりますよ。僕の記事の多くは、感動したことや面白いと思ったことを喋る代わりに書いているようなものですから。
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