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自分を語る

「書評は、書評される書物の評ではなくて、書評する人の評であると思う」

と述べているのは塩野七生です。

「想いの軌跡」312ページにあります。1988年5月の文章です。

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続けてこう述べています。

「自分自身の作品を書評をされて20年、つくづくとそう思うようになった。
私の作品を使って、書評氏は、自分自身を語っているのだ。そう思えば、とんちんかんな批評も愉しく読めてくる」

愉しく読めるという言い方は、いかにも塩野さんらしい。自信と余裕をもって本音を語る彼女ならでは言葉だと思います。


それさておき、「書評する人の評」とか、書評する「作品を使って、自分自身を語っている」は、大いに腑に落ちる言葉でした。ここのところ、そういう類の本を読んでいるので。

先日記事にした
「司馬遼太郎 リーダーの条件」、「以下、無用のことながら」、
それから「ジブリの教科書 風の谷のナウシカ」
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現在読書中の「司馬遼太郎 -幕末~近代の歴史観」
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です。

塩野さんの言葉を借りれば、
「リーダーの条件」は対談する人が、司馬さんやその作品をダシにして、自分の考えを述べている。
「ナウシカ」は映画やアニメージュ作品を通して自分を語っている。
「司馬~」は、幕末以降を題材に書かれた作品や一つのテーマを論ずるという形を通して、自分の考えを述べている。
そういうまとめ方ができるのです。

「リーダーの条件」における座談は、話があっち行き、こっち行きするので読みづらい箇所が多い。これは、司馬作品を通してリーダーについて語るという形式をとりつつ、みんな好き勝手に自分の言いたいことだけをしゃぺっている、ととらえれば納得がいきます。

「ナウシカ」の筆者は多士済々です。このジブリの映画に対して、また別作品といえるかもしれないアニメージュ作品のナウシカについて、多角的なとらえ方ができることと、いろいろな感じ方があることを知るには有益です。
一方で、各文の筆者がどんな人かを知る手掛かりにもなります。また、よく知った人の文章なら、まさに
「その人の文だな」「自分を語っているな」とわかります。たとえば内田樹とか、佐藤優など。

「司馬遼太郎 -幕末~近代の歴史観」は途中なので、とばします。


「以下、無用のことながら」は、作家や芸術家について書いてある小文がたくさん収めてあります。
司馬さんが、その人の本質をえぐって書いている逸品ぞろいで、香気あふれる文章です。

司馬さんは、形容詞の語彙が豊富で、使い方絶妙です。

形容詞、形容動詞、副詞・・・文法のことはよくわかりませんが、和語から漢語に至るまで豊富な語彙を駆使して、人物批評していくんですね。素晴らしいの一言に尽きます。

でも見方を変えると、司馬さんは対象人物に感応する自分の感受性を文章化している(?)と言えるかもしれません。(かなり強引な言い方ですが)


うまく言葉にできませんが、とりあえず今感じていることを書きました。


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塩野七生はものすごくはっとする視点、ものすごくキレイな文が魅力ですね。憧れの随筆家です。

塩野さん

わんわんわんさん、こんにちは。

>塩野七生はものすごくはっとする視点<
この視点は、ローマやルネサンス期のイタリアを深く探究しているところから来るのでしょうか。

世界を知る人間の日本を客観視して発せられた言葉に、頷くことが多々ありますね。

>ものすごくキレイな文が魅力ですね<
ん~ん、キレイと感じたことは今までありませんでした。
自分の感受性の鈍さを痛感します。
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