豊臣秀長(5)

生まれてからずっと百姓だった秀長が武士になったのは22歳の時。

兄の秀吉は足軽約30人をまとめる足軽組頭だった。


当時の織田家は信長が兵農分離を進め、専業武士ができつつあった。
(他の戦国大名は兵農未分離で、兵士のほとんどが農業を兼ねていた)

また楽市楽座で集めた金で無頼の流れ者を雇って傭兵団を作った。そんなものの集まりだから、柄も悪く質も劣っていた。
それを組頭はまとめていかなくてはならなかった。


秀長が兄の家来になって1ヶ月した頃
「小竹(こちく:秀長のこと)もう慣れただろう。今日からお前が組の者を見てくれ・・・」
「俺は殿(信長のこと)のお側に参らねばならんでな。お前が留守中よく見張れ」 (堺屋太一「豊臣秀長」上 P77)
そして
兵法や武士の習わしは知らなくともよい。
非行の出ないように見張り、喧嘩の仲裁をし、相談にのり、悩みを聞き、めしと酒を適当に調えてやればよいのだ、と。(P78)

さて秀長は困りました。

しかし、ここからが秀吉の補佐役としての仕事の始まりです。
続きは後日に。

12月25日以来久しぶりの秀長ネタでした。   FC2 Blog Ranking
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