人間の器量(2)

福田和也 著 「人間の器量」より

人間というのはとらえ難いものですね。自分のこともよくわからないし、ましてや他人のことなどなおさらです。
でもなんとかとらえようとして、いくつかの尺度を用いて測ろうとします。

例えば、いい人悪い人、感じのいい人よくない人、勉強できる人できない人、仕事ができる人できない人etc。デジタル的な尺度1つや2つで人間を振り分けていいのかと著者は問いかけています。

さらには、他人を測る尺度は自分にも適用され、自分を過大に評価してみたり、いたずらに過小に評価してみたりする。それによって傲慢にもなり、逆に落ち込んで鬱々とした気分になって日々の生活を送る。

そうあってほしくないから、先に述べてものと違う尺度を持つべきではないのか。

それが「器」であり「器量」。

定義は難しいのですが、本書から言葉をひろうと、「全人格的な魅力、迫力、実力」「包容力や感受性の深さ」「貫禄」「心が広い、度量がある」など。


人の評価はデジタルで割り切ったほうが、気分は楽ですね。「あいつは○○だ」とか「この人は△△だ」というようにバッサリ切っちゃうと。

そうせずに「××だけど、○○だよな」とするのは、こちらの心の広さがないとできないのかなと思ったりします。
気分がスッキリしませんからね。

今、漠然と思うのですが、人を見るところから変えていかないといけないと。
「××だけど、○○だよな」という評価を持ち続け、さらに「△△という面もある」と増やしていく。
心の余裕がないとできないような気がします。もやもやした状態(?)に耐えなければならない・・・

でもそういう状態を保ち続ける事が、自分自身の「器」を広げることにつながるのかなと思ったりします。

今日の文は、福田さんの文から僕が受け取った事を解釈し、作文しました。
だから「人間の器量」が訴えたかった内容とずれているところがあると思います。ご了解ください。
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