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原典を

一昨日の続きです。

「経典の現代語訳について」関連したことです。

文化について深く知ろうと思えば、宗教を勉強しなければならないと思っています。これは信心とか信仰とは別問題です。

なぜ宗教の知識を得ようとするのか。それは、文化の基層に宗教があるととらえるからです。

例証の一つとして、日本や諸外国の文化遺産を漠っとイメージしたとき、宗教的要素を含んだものが多く、含まないものは少数派である(という気がします)ことがあげられます。

一方で、高校のときに読んだ亀井勝一郎の本に、「西洋文化を知りたければ、キリスト教とギリシャ神話を知らなければならない」とありました。この言葉の影響力は甚大です。

そんなこんなで、宗教について学ばなければならないという意識は常にあります。


昨日からのつながりで言えば、経典の現代語訳をする際にどの経典にするのか、これが問題になると思います。

世界の主要な宗教には聖典というものがあります。いわばその宗教における原典みたいなものです。
キリスト教であれば聖書、イスラム教ならコーラン、ユダヤ教ならタルムードといったぐあいです。宗教とはいえない(と僕は考えている)儒教は論語があります。

日本における現代語訳でいうと、聖書は戦後で3回も大きな翻訳作業が行われ、それぞれを手にとって読むことができます。コーランはたしか岩波文庫にあります。タルムードの訳はなさそうですが、ユダヤ関連本で断片だけでも知ることができます。
そして論語は、昨今のブームで原文・書き下し文・訳・解説とセットで詳しく学ぶことができます。

それらを見つつ仏教を考えるとどうか。

「般若心経」の本は多いです。

しかし、これを仏教における聖典(あるいは原典)と位置付けできるかというと、大きな疑問符をつけざるを得ません。

そもそも仏教の聖典と位置付けられる経典とは何でしょうか?

僕の浅薄な知識の中ではありません。
(ご存じの方は教えてください)

若かりし頃、岩波文庫に「ブッダのことば」とか「真理のことば」というタイトルの本を見かけたことがあります。
教祖の言葉が聖典である、とするならば、こうした本がそれに位置する本となります。

はたしてどうなんでしょうか?


釈尊の教え(原始仏教)は、日本に土着する際大きく変質したと誰かが言っていたような気がします。
それから考えると、日本仏教には釈尊の言葉はなじまず(?)、聖典としづらいのではないかという穿った見方さえできます。(かなり意地悪な見方ですが)


 ・ ・ ・ ・ ・

文化を知るためには宗教を学ばなければならないという話に戻しますよ(笑)

日本文化を深く知るには、神道や仏教の知識が必要だと考えます。
じゃあ、その知識を得るには何を読めばいいか。

解説本は有益だけども、ダイレクトに原典に当たるべきだ。

とした時に、それにあたる本がないんです。

「キリスト教が知りたい。そのために原典にあたる本を読みたい。何がいい?」とクリスチャンに質問すれば、全員が即答で「聖書」と言うでしょう。しかし同様の質問を仏教とあるいはお寺の住職にしたらどういう返答がくるでしょうか。

おそらく即答で返ってくることはないと予想できます。また同じタイトルが出てくるかどうかも怪しいです。「般若心経」が多数派になるかもしれませんが・・・

神道の場合はどうでしょうか。これは神主さんに聞かなければなりませんが・・・、「古事記」あたりになるのかな???



散漫な文章になりましたが、無理やりまとめましょうか(苦笑)

仏教における聖典が何なのかわからないこと。
これは日本だけの特殊現象で、アジアの仏教国にはしっかりと位置付けされた経典があるのかもしれません。

日本文化を深く知るために仏教を学ぼうとした場合、何を読んだらいいかわからないこと。


そのあたりでしょうか(笑)

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