中国大返し

北畠顕家の強行軍が、距離・速度・軍勢の規模からいって、日本史上1位ではないか・・・

と、狭い知識の中で思っています。

ところが数日前、「ん?距離では負けても速度では匹敵するものがある」と、あることが閃きました。
さっそく本棚からごそごそと何冊か取り出し調べてみました。

ありましたよ(笑)

大返し

10年以上前に買った「週刊 ビジュアル日本の歴史」第3巻 天下統一への道③ から携帯で写真を撮ったものです。
俗に言う
秀吉の中国大返しですね。

これの前段階を書きますと

6月2日未明 本能寺の変
 
3日 明智光秀から毛利への密使を秀吉側がとらえ、信長の死を知る。
   すぐに毛利との和睦交渉をまとめる。

4日午前 高松城主清水宗治切腹

5日 秀吉、兵を休める(敵や見方にも異変を察知されないためか?)

6日午後 全軍撤退を開始    

以下は上の写真を見てください。


高松城から、光秀との戦いがあった山崎までトータル207.2km
これを7日間で駆けています。
1日平均30km弱

北畠軍の後半とほぼ同じ行軍速度です。
ただ、よくみると摂津あたりからペースダウンしています。
摂津にいた織田方の武将や、四国の長宗我部征伐のために大坂に集結していた織田信孝・丹羽長秀軍を糾合するためであったと思われます。
それを差し引いて考えると、かなりのスピードであったと思われます。

圧巻は、沼城から姫路城までの69.6kmを一昼夜駆け抜けたこと。

これが凄い!


追伸
賤ヶ岳の戦いはまだ調べていません。

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