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日本国紀

来週、百田尚樹の「日本国紀」が発売されますね。

歴史大好き人間の僕には楽しみの本の一つです。

ネット上では大変盛り上がっているようです。
アマゾンで2週間ぐらいトップを走っているとか、初版が15万部だったのが、アマゾン等の予約が凄くて増版して30部になったそうです。
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村上さんの本音

今年はノーベル文学賞が授与されません。その代わりになる賞が作られて授与されるそうです。

その賞にノミネートされている人が4人いて、その内の一人が村上春樹です。
昨日、村上さんがノミネートを辞退するというニュースが流れました。



もう随分前からノーベル文学賞候補として騒がれ、毎年「今年こそは!」と、ファンをやきもきさせている村上さんですが、この辞退をどうとらえるか?



本音ではノーベル文学賞が欲しい。代わりになる賞は嫌だ。だから辞退しておこう。
と、とらえるか。


賞そのものに興味がない。ノーベル文学賞はノミネートされているかどうかもわからない。だから辞退しようがない。今回はノミネートされていることがわかっているので辞退できる。
と、とらえるか。


他の見方はありますかね?

勝海舟の罠

書店に行くと、幕末から明治維新にかけて通説を見直すという類の本をよく見かけるようになりました。

「通説を見直す」という本は好きなので、実際に手に取ってパラパラとページをめくって、面白そうだなと思えば買うようにしています。
(積読するタイプなので、すぐ読むわけではありませんが)

その一つとして買ってきたのが、水野靖夫著「勝海舟の罠」です。

この本は著者自身が、「本書の目的は、通説に対する史料による検証である」(P3)といっているように、例えば“江戸城無血開城”について知りたくて、「史料をもとめて国会図書館はもちろん、横浜開港資料館まで出かけ、幕末の手書きの英国公文書を調べ、翻訳本の原書を取り寄せ、徹底的に史料にこだわった」(P2)とあります。

勝海舟の罠


この帯にある「~著者が暴く氷川清話の正体」という言葉からくるイメージと、本書を読んでの印象は違います。
出版社側は売らんがためにキャッチコピーを考えますが、本書の内容に沿ったものと言えません。これはキャッチコピーに騙されて本を買ってきた経験からきています。今は、もう騙されないぞ!という感じで、キャッチコピーを見ています。

それはさておき、晩年の勝海舟の語録である「氷川清話」、ここに出てくる勝の語った内容をまとめたものですが、結論からいうと、勝海舟の言葉を素直に信じてはいけないということです。

勝はほら吹きだと言われます。
皆さんの周りにもほら吹きはいませんか。その人の話をそのまま受けとめますか。そんなことはないですよね。まともに受け取って
しまうと後で大変なことになったりすることもありますよね。

勝の話をまともに受け取って通説となったものがあります。それが写真にある(本の表紙)勝海舟と西郷隆盛の会談です。
両者の話し合いで江戸城無血開城が決まった。交渉した勝海舟は素晴らしいとなっていますが、実はこの場で無血開城が決まったわけではなかった。


山岡鉄舟が、西郷と談判して、西郷の決断を引き出した。というのが真実です。

このことを著者は、様々な史料を検証して導き出しました。



その他、海舟が自らの手柄のように語ったことが本当にそうなのかが、史料の検証によってあぶりだされてきます。


なかなか一読の価値ありと言える本だと思います。

閉じられなければならない

8月8日の記事「読み終えた『騎士団長殺し』を書き終えて、数日後のこと「そうだ !!  小説の冒頭部分を読まなけらならない」

忽然と思いました。


村上春樹の「騎士団長殺し」は2巻からなる小説です。1巻目が「第1部 顕れるイデア編」、2巻目が「第2部 遷ろうメタファー編」です。
プロローグ”(4ページある)ではじまりますが、第1部の内容と全く関係ない話です。読み始めてしばらくのころは、「なんなんだろう?」 あまりの関係なさに違和感を感じていました。
けれども小説を読み進めていくうちにどこかへ消えていきました。まさに記憶が薄れていくように。

そうして、小説を読み終えてからしばらくして、このプロローグを思い出したのです。


なぜ、読まなければならないと思ったのか?

小説のなかに数回「環は開かれてしまったので、閉じられなければならない」といった内容の文が出てきます。

「環」という漢字は「輪」かもしれません。どちらか確かめようと思って、2冊の本をパラパラとめくって探しましたが、見つかりませんでした。残念。

騎士団長殺し全2巻


「環は開かれてしまったので、閉じられなければならない」は、ストーリーの中で意味深く使われていました。

僕が思うに、環は開かれてしまったというのは、パンドラの箱を開けてしまったに近い意味合いでしょう。
あるいは、一つの環があって、それは完結した世界なのですが、どこかを開けてしまったために、中にあるものがどっと出てきた、とも考えられます。
いずれにしても不思議な出来事がたくさん起こり、主人公は戸惑うばかりです。

確かこれらの言葉を最初に言ったのは、第1部に登場するイデアだったと思います。(もう記憶が曖昧になっています・・・)
イデアは、主人公が期せずして、環を開けてしまったという現状を知らせ、そのままにしておいてはいけないので、今後すべきこととして、環は閉じられなければならないと言った、と解釈できます。

主人公は、イデアの言ったことを全く理解できませんでした。
読者である僕も、唐突に出てきた言葉だったので、何のことかわっぱりわかりませんでした。しかし、強烈な印象は残しました。


これは、たしかに印象的な言葉でしたが、小説の中では、意味深と思われる言い回しがいくつも出てくるので、この言葉はその他多くのものと並列で並んだうちの一つでした。

それが「騎士団長殺し」を読み終えて、しばらくたった時、突然「環は閉じられなければならない」が頭に浮かんできて、この小説の冒頭部分つまりプロローグを読まなければならないと思ったのです。


プロローグの内容は、第2部の最終部分から数日後、あるいは週数間後、いや数ヶ月か数年たってからの出来事です。つまり後日譚になります。

普通の小説のように最後まで読んで、小説が終わるのではなく、第1部冒頭まで戻ってプロローグを読んで終わるのです。

否! 
「戻って」ではないですね。第2部最終部分から環のようにループを描いて第1部冒頭につながる。そうすることで環が閉じられる

そういう構成だと思います。
深読みすれば、「騎士団長殺し」という本を開いた時に、環は開かれ、2冊全部読んでからプロローグを読むことで、環は閉じられる。


突拍子もない解釈かもしれません。でもこの解釈は気に入っていて、自己満足に浸っています(笑)

オンブレ

エルモア・レナードの「オンブレ」を読みました。

エルモア・レナード、今まで聞いたことのない作家名です。だから関心は全くありませんでした。ハッキリ言うとゼロでした。
じゃあ、なんでその小説を買ってよんだか?

訳者が、村上春樹だから。

ただそれだけの理由です。

オンブレ


小説家村上春樹を知って、その作品を読むようになったいきさつは、先日の記事で書きました。
その途中で、翻訳もかなりの数をしていることを知って、試しに読んでみました。

レイモンド・カーヴァーだったか、レイモンド・チャンドラーだったか・・・、それとも他の作家か、はっきり覚えていません。

原作が素晴らしいのは勿論だけれども、村上さんの翻訳文がとてもいいんだと思います。読みやすくて、面白い。
いくつか翻訳作品を読んでから、村上さんが翻訳について語った本を2冊ばかり読みましたが、彼が翻訳した小説はおそらくハズレはないだろうなと信頼するようになりました。

ということで、半年ほど前に書店でたまたま見つけましたが、迷うことなく購入しました。
(しかし、読み始めたのは7月、先日読み終えたところです)


「オンブレ」は、アメリカの西部開拓時代を題材にした小説です。

帯にあるようにまさに“ワイルド&クール”です。感傷的なところも心理描写もありません。
「私」が体験したことを語るという形式ですが、主人公の男は寡黙で、余分なことは一切しゃべりません。
極限状態で、主人公の男は周囲の人間に説明もなにもしません。理解を得ようとしません。ただ行動するだけです。
この小説を読み終えてから、この男は周囲の状況にアンテナを張り巡らしながら、必要と思うことをやっていったのだとわかりました。おそらく共に行動する人達のことを考えて、どうすれば極限状態から抜け出せるのかを考えていたのだと思います。

どんなストーリーかは言いません。小説のあらすじは、読む方にとっては面白いものではありませんから(笑)

主人公のドライな行動が後々まで印象に残る作品だと思います。
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