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初めから神社崇拝があったわけではない

梅原猛「葬られた王朝」より

出雲大社がいつ建造されたか?という考察の中で、次のような文章がありました。

「最近の宗教史学は、日本人の歴史において神社崇拝が行われるのは、かなり後であることを明らかにした。
最初、日本人の神信仰は自然信仰であった。
一つの山が、一つの木が、一箇の石が、神であり、あるいは神の宿るところとされたのである。

    ~中略~

神社が建造されるのは仏教の寺院が造られた後と考えられるが、日本最初の仏教寺院は蘇我氏が建てた法興寺すなわち飛鳥寺であり、それが完成したのは推古天皇の御代である。とすれば、神社が建てられたのは推古天皇以後であるということになる」 (P288)

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蛤御門

以前のことですが、京都へ行き、蛤御門前のホテルに泊まりました。

蛤御門3

大文字が見えます。写真がぼけてますが(苦笑)

ちょっと角度を変えて

蛤御門4



翌日の朝、行ってみました。

蛤御門1


蛤御門2

カムヤマトイワレビコ

私達は、初代天皇は誰かと聞かれれば「神武天皇だ」と答えます。

しかし日本書紀や古事記にはそう表記されていないようです。最近読んだ本から、そのように推測しています。

カムヤマトイワレビコ

が、漢字で表記されているようです。


僕が読んだ本には、この言い方のほか
「カムヤマトイワレビコノミコト」 (家村和幸「新説『古事記』『日本書紀』でわかった大和統一」)
とか
「神日本磐余彦天皇」にふりがなの「カムヤマトイワレビコノスメラミコト」をつけたりしています。 (竹田恒泰 他「日本書紀入門」)


それから、坂本勝「古事記と日本書紀」の古事記側には「神倭伊波礼毗古命」、
日本書紀側には「初代神武天皇は、神日本磐余彦とも呼ばれ、実名は彦火火出見(ひこほほでみ)という。天照大神の子孫であり、海神や山神とも血縁関係を持ち、あらゆる神々の血を受け継いでいるとされる」 (P126)


と、そんな感じなんですが、まあ、正確に知りたければ、図書館へ行って日本古典文学全集などで調べればいいんですけどね(笑)

初代天皇

初代天皇が誰かを知らない人が結構いるんですね。

それを知ってびっくりしました。


結構というのは曖昧な表現で、全国民の何割くらいかは全くわかりません。
ほぼ全員が知っているだろうと思っていたのが、知らない人が周囲にそれなりの数いたので、ただただ驚き「結構」という表現を使いました。


僕が子供の頃、父が「じんむ、すいぜい、あんねい、いとく、こうしょう、こうあん、こうれい、こうげん、かいか、すじん」と言っていたのを何となく覚えています。口頭でしたから漢字などわかりません。ただ音声として僕の記憶に残りました。

この経験から、日本人にとって常識として知っているものだと思い込んでいました。

令和について

「令和」という二文字だけであれこれ言う人がいますが、その人達に言いたい。

「出典となった万葉集を読んでから発言してください」と。

出典の箇所を読めば、議論や解釈の余地はありません。


とは言え、我々一般人は、万葉集を買ってきて、あるいは図書館から借りてきて読むのは大変です。そこで竹田さんに解説していただきましょう。
   ↓
新元号『令和』が大好きになる!皆に伝えてほしい『令和』に込められた思いと情景



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