大改革
今「事業仕分け」が大きな話題になっています。
堺屋太一「豊臣秀長」(文春文庫)を読んでいて、今の政権交代後の状況と似ているなと思わせる箇所がありました。
1568年秋、織田信長は足利義昭を奉じて上洛を果たし、摂津、和泉(大阪府)、大和(奈良県)も制圧します。そして翌年にかけて中世の諸制度をぶち壊して、矢継ぎ早に改革を行います。(詳述できませんが、短期間に相当量の改革を行っています)
これを無謀な性急さと見たり、信長の短気の現れと見る人が多いのですが、堺屋さんは
「短気に走って無謀な改革を急ぐはずはない。信長の思考は冷静であり合理的だ」(上巻P269)という見解を示します。
そして「この時の怒涛のような大改革もそれなりの理由がある。信長は、小さな改革を何度も繰り返し、その都度不満と抵抗を生むよりも、一挙に大改革を断行するほうがはるかに得策なことを知っていた」
「尾張の織田がはじめて上方を支配した今こそその好機だ。鉄は熱いうちに打つべし、大改革は驚きが失せぬうちに断行すべし」と。
また周囲の状況も勘案した「一種のショック療法」という見方も示しています。
表面上は1568年秋から1569年にかけての畿内の状況と現在日本の状況は似ているかもしれません。
ただ今の民主党に信長のような冷静さと合理的思考を、そして明確なビジョン持っている人がいるかどうかは疑問ですが・・・
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堺屋太一「豊臣秀長」(文春文庫)を読んでいて、今の政権交代後の状況と似ているなと思わせる箇所がありました。
1568年秋、織田信長は足利義昭を奉じて上洛を果たし、摂津、和泉(大阪府)、大和(奈良県)も制圧します。そして翌年にかけて中世の諸制度をぶち壊して、矢継ぎ早に改革を行います。(詳述できませんが、短期間に相当量の改革を行っています)
これを無謀な性急さと見たり、信長の短気の現れと見る人が多いのですが、堺屋さんは
「短気に走って無謀な改革を急ぐはずはない。信長の思考は冷静であり合理的だ」(上巻P269)という見解を示します。
そして「この時の怒涛のような大改革もそれなりの理由がある。信長は、小さな改革を何度も繰り返し、その都度不満と抵抗を生むよりも、一挙に大改革を断行するほうがはるかに得策なことを知っていた」
「尾張の織田がはじめて上方を支配した今こそその好機だ。鉄は熱いうちに打つべし、大改革は驚きが失せぬうちに断行すべし」と。
また周囲の状況も勘案した「一種のショック療法」という見方も示しています。
表面上は1568年秋から1569年にかけての畿内の状況と現在日本の状況は似ているかもしれません。
ただ今の民主党に信長のような冷静さと合理的思考を、そして明確なビジョン持っている人がいるかどうかは疑問ですが・・・
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